平成27年6月26日から28日にかけて横浜にて開催されました、日本透析医学会 学術集会・総会にて、透析を経ないで腎移植を行う「先行的腎移植(PEKT)」の現状と課題についてのシンポジウムが行われましたので、その講演内容と討論について、北海道大学の森田研先生にご解説いただきます。
※このレポートは2回に分けて掲載いたします。

第60回 日本透析医学会 学術集会・総会 シンポジウム6 
「透析医でもある移植医からみた先行的腎移植」

慢性腎不全の治療を行う際には、末期腎不全の状態になる前に、できるだけ早めに、透析と腎移植の両方の特徴を踏まえて治療選択を行い、準備をする必要があります。
透析を経ないで腎移植を行う、「先行的腎移植」PEKT(Preemptive kidney transplantation)の現状と課題について、秋田大学の佐藤滋先生、新潟大学の斎藤和英先生の司会で、7名の講演者が発表と討論を行いました。シンポジウムに参加しましたので、講演内容と討論についてご紹介いたします。

「先行的腎移植(PEKT)の意義と問題点」 北海道大学 森田研

欧米で行われている透析を経ない先行的腎移植(PEKT)の割合は、全移植数を分母とした場合、生体腎移植で3割弱、献腎移植で1割弱ですが、日本では、献腎移植候補者を選ぶ基準の優先順位に、登録時からの待機期間が大きく影響するため、献腎移植のPEKTは数%にとどまっています。透析や腎移植を含む「腎代替療法*」(*腎臓の代わりをする治療法)を導入した数を分母にした場合、PEKTが選択される割合はさらに低く、米国で2.7%、日本では推定0.9%でした。年齢や心臓疾患、腫瘍や全身状態の悪化などで医学的に移植が不適切とされる場合が多いためと考えられます。
透析中の心血管系合併症が移植後に影響を及ぼすと考えられているため、透析を経てから移植をする場合に比べ、PEKTは生着率、生存率とも良好で、合併症が少ないということは1990年代から示されています。移植前の透析期間が短いほど、移植後の生存率が改善するとされていますが、日本では米国よりも透析の質が高いので、そのまま我が国には当てはまりません。しかし日本においても、何十年という超長期透析後の腎移植の場合は、動脈硬化が問題になることがあります。
北海道大学病院では1995年から全腎移植件数の27%程度がPEKTで行われており、最近5年間は30%を超えています。PEKTを受けた方60名のうち83%は、透析を行わずに安全に移植できていますが、残りの17%は短期間の直前透析が必要でした。移植前に透析をしないことにこだわりすぎると、移植の安全性に影響するため注意が必要で、安全に移植を行うことが第一の前提です。

「秋田大学におけるPEKTの現状と課題」 秋田大学 斎藤満先生

PEKTでは、長期透析患者さんに見られる動脈硬化による血管の石灰化が少ないので、手術が安全に行える可能性が高くなり、廃用性萎縮膀胱の問題がなく早期に膀胱カテーテルが抜去できる、などのメリットがあります。廃用性萎縮膀胱とは腎不全で無尿のために膀胱が使われず萎縮することで、PEKTでは尿量が保たれているため膀胱が萎縮しにくいと考えられます。また、透析のシャントが無いので美容的観点、医療費の面で有利です。
秋田県では最近、透析治療を行っている施設の医師からだけでなく、透析を行っていない腎臓内科の医師からの腎移植希望の患者さんの紹介が増加していますが、PEKTが可能な時間的余裕(移植検討開始から移植実現までの期間)が十分ではない場合もあるようです。実際の移植手術までの精査に必要な時間などを考えると、慢性腎臓病(CKD)stage 4(GFR 15ml/min以上)の段階で、移植が可能な施設への紹介が必要です。実際の紹介時の平均GFRは8.3ml/minということですので、残腎機能が低下しているために、どうしても移植前に透析を必要とする場合が出てきます。
移植前にしか投与できない生ワクチンの接種などのためにも移植前には一定の期間が必要です。
無理なPEKTの施行は、手術時期のアシドーシス(体が酸性に傾きすぎること)、高カリウム血症、過剰な水分による呼吸障害、など様々な問題が出る危険性が高くなります。PEKT実施自体を最終目的とするのではなく、合併症の治療を含めた十分な術前評価、管理を行って、安全に移植をすることが大事です。

「先行的腎移植の傾向」 新潟大学 中川由紀先生

小児や先天性発育障害の症例では透析用内シャントが困難な場合が多く、特にPEKTのメリットが大きいと考えられます。
一方、PEKTの問題点としては、アドヒアランス(治療の意味や内服の必要性を理解して、治療に専念できるかどうか)の低下が懸念されること、移植手術の予定を確定しにくいこと、心血管系の造影検査が困難、尿毒症の影響で造血ホルモン製剤の反応が不良(透析で尿毒素を十分除去した方がESA(赤血球造血刺激因子製剤)の効果が良い)、SLE(全身性エリテマトーデス)などの原疾患でPEKTが望ましくない症例の存在、などが挙げられます。
CKDガイドラインでは、PEKTを検討する際、成人ではGFR 15ml/min、小児では20~30ml/minで移植を紹介するとなっています。十分に余裕をもって移植ができるためには、透析導入期ではなく、もっと手前の、保存期の段階で先行的に移植を行う可能性を検討することが必要です。
新潟大学のPEKT例は、40歳以下の人に多く、透析を行ってから移植した場合との移植後経過の比較では拒絶反応が少なかったとのことです。また、PEKTでは、ABO血液型不適合腎移植で問題となる自然抗体に感作されて抗体関連拒絶反応が誘発される危険性も低いと考えられるとのことでした。最近シャントやカテーテルを必要とする抗体除去療法(血漿交換)を行わずに血液型不適合腎移植を行うことが可能になってきており、その意味でも透析をしないで移植をできるメリットは大きいと述べておられました。