平成27年7月10日、11日に栃木県日光市にて開催されました、第31回腎移植・血管外科研究会にて行われた、移植腎長期生着のための対策に関するシンポジウムについて、その講演内容と討論について、北海道大学の森田研先生にご解説いただきます。

第31回 腎移植・血管外科研究会 シンポジウム1 
「移植腎長期生着のための対策 ~長期生着を阻む病態、合併症にどう対処するか~」

第31回腎移植・血管外科研究会が栃木県日光市で行われ、初日最初のプログラムで、「移植腎長期生着のための対策 ~長期生着を阻む病態、合併症にどう対処するか~」というシンポジウムが行われました。
市立札幌病院の原田浩先生と、新潟大学の斎藤和英先生の司会で、「移植腎が長く生着するために、様々な観点からどういった対策が必要になるか」について6名の先生が講演し、論議が行われました。
長期に移植腎が生着するためには、移植腎の問題をクリアし、かつ長生きすることが必要です。 前者の移植腎に関わる問題(抗ドナー抗体、慢性移植腎症、ウイルス腎症)と、後者の長生きに関わる問題(感染症、悪性腫瘍、心血管合併症)の、それぞれ3点ずつ6項目についての講演を順に解説いたします。

拒絶反応、抗体陽性例の評価と治療 (東京女子医大 奥見雅由先生)

移植腎の長期生着に欠かせない要因として、ドナーの組織に対する抗体がレシピエントに形成される問題がありますが、その血清診断法の発達について述べられました。ドナーの細胞(リンパ球)に対して抗体反応を起こすレシピエント血清の検査は古くから行われている方法です。その測定結果の表示方法が最近改善され、反応性を比で表して判定しやすくしたり、新たな測定キットを用いる方法により、微小なドナーに対する抗体反応も検出できるようになってきました。その結果に基づいて行われた抗体陽性腎移植(輸血をしたことや、2回目以降の移植の場合は以前の移植によって、血液中に抗体ができてしまい、抗体関連拒絶反応を起こしやすくなっている腎移植)の成績が明らかにされました。
いまだこのようなハイリスク腎移植を可能にする完璧な方法というものは確立が難しいようで、移植後の強い抗体関連拒絶反応の発生率が高かったようですが、免疫グロブリン大量療法や長期間の術前免疫抑制、リツキシマブという抗体産生細胞抑制薬の使用が、長期間の成績向上に役立ちそうです。またそれらが移植後感染症の発症率に関与しているかどうか、という残された問題があることを強調されていました。

慢性移植腎症(CNI腎毒性とIFTA(慢性移植腎症)について) (東邦大学 酒井謙先生)

移植腎の長期生着に関わるもうひとつの重要な因子として、慢性的な腎臓組織の変性に関わる問題点を項目別に解説されました。1980年代に登場し、拒絶反応の抑制効果で大幅に腎移植の中期的成績を改善させたカルシニュリン阻害剤(CNI)は、慢性のCNI腎毒性を起こすことがわかってきました。
その毒性がどういった症例に起こりやすいかを臨床項目や組織病理所見から分析しました。その結果、CNI腎毒性の特徴的病理所見である、動脈変性所見に先行して出てくる尿細管の萎縮と周囲組織の線維化(スジが出てきて組織が固くなる所見)が早期に認められる場合が多いとのことでした。臨床的傾向としては、腎移植後1年以内の早い時期に拒絶反応を起こした場合、後々CNI毒性が起こりやすくなっていました。これは拒絶反応が起こったためにCNIの投与量を増加させて対応したことが関係しているのではないかと推察されていました。また、ドナーの年齢が高いほどCNI腎毒性は頻度が高くなるものの、欧米の結果に比べて頻度は低いということも示されていました。


ウイルス腎症(BKウイルス) (九州大学 升谷耕介先生)

1993年に初めて腎移植後の日和見感染症(免疫抑制の状態に応じて出てくる潜在ウイルス感染症)として認識されたBKウイルス腎症について、その特徴的な病理所見と臨床的影響について解説されました。
もともと尿路や唾液腺、脾臓などに潜んで感染していた無害なウイルスであるBKウイルスが、免疫抑制の過剰状態により活性化して、尿細管の炎症を起こして組織を障害し、血液中にまで検出されると拒絶反応を誘発したり、拒絶反応ではないのに腎機能を悪化させることがわかってきました。拒絶反応と間違って判断されて治療されると、治療をいくら行っても効果が無いどころか腎機能が悪化するということになります。したがって、治療の原則は免疫抑制剤の減量ですが、新たな方法として新規免疫抑制剤の使用や、ニューキノロン系抗菌薬を予防薬として投与する試みも紹介されていました。不思議なことに心臓や肝臓など腎臓以外の臓器移植では、腎移植ほどBKウイルス感染症は起こらないので、この感染症は腎移植医が精通していることが多いようです。

腎移植後感染症と死因(名古屋第二赤十字病院 後藤憲彦先生)

臓器移植後の細胞性免疫抑制により、時期別に感染しやすくなる病原体は決まった傾向があります。移植腎の生着率が改善された現在、移植後の長生きを目指すために重要な感染症の特徴と予防策について解説されました。
もっとも頻度が高いのはサイトメガロウイルス感染症ですが、移植腎が生着した状態で長生きを障害する要因になる感染症としては、EBウイルス感染による移植後リンパ増殖性疾患や悪性リンパ腫、カビの一種であるニューモシスチス・イロベチイによって引き起こされるニューモシスチス肺炎、細菌感染による敗血症、などに注意することが重要です。
この細菌感染による敗血症のリスクには、免疫抑制強化やリツキシマブ投与、脾臓摘出などが関係しています。敗血症が起こると死因に繋がる肺炎球菌による肺炎は、ワクチンで予防することが効果的と考えられます。脾臓摘出後やリツキシマブ投与の場合には特に、ワクチン投与が予防として有効性が高く、抗体ができるまで繰り返し投与しておくことが必要と考えられます。ただし、費用の問題もあり施設によってやり方は異なる可能性があります。


悪性腫瘍の合併と管理(兵庫県立西宮病院 西村憲二先生)

腎移植後の免疫抑制期間が長くなると、がん細胞を攻撃するTリンパ球などのシステムも抑制されるため、移植後10年を超えてくると悪性腫瘍の合併が問題になってきます。腎臓以外の要因で長生きの障害となる発癌の問題を改善させるために、様々な種類の癌に対して、その頻度や予防法を解説するガイドラインが国際的に検討され、KDIGOガイドラインとして2009年に発行されています。
西村先生の施設の場合は、症状が出てきて発見される悪性疾患と、検診で無症状で発見される疾患が分かれているようです。前者には悪性リンパ腫などが含まれ、後者には腎癌、消化器癌、乳癌などが含まれるため、対象部位に応じて健康診断を検討することが必要です。検診の場合は検査の合併症も考慮に入れて検査予定を検討することが必要で、一般の方々に比べてやや早めに行政、自治体から勧められる検診を行っておく必要があり、このようなチェックを漏れなく行っていくためにも、今後、医師だけでなく移植コーディネーターが力を発揮していく必要性があると述べておられました。


心血管合併症の管理と治療(聖路加国際病院 長浜正彦先生)

腎移植後の長生きの障害の第1位は感染症ですが、第2位の心血管障害は腎移植後だけでなく透析中の障害としてもっとも危険性が高いものです。その危険性の評価方法として紹介されたFraminghamリスクスコアによる評価では、移植患者さんでは腎機能が1個分しかないため、一般人の場合と比べて、心血管系の合併症の危険性が高くなるようです。
超高齢社会となった現在、心血管系の合併症は腎移植者だけでなく一般の方にとっても重要な問題です。腎移植後も心血管系の合併症のリスクを減らすための努力を継続することが重要です。具体的項目としては、貧血の改善、腎不全に伴うカルシウム骨症の改善、食事指導や動脈効果予防、心筋保護効果のある薬剤の併用(抗血栓薬、脂質代謝改善薬、アンギオテンシン阻害薬)などが挙げられていました。どの要因がリスクに繋がるのか、という臨床研究が多く行われておりますが、アンギオテンシン系阻害薬の投与は一般人に対して効果が示されていますが、腎移植後は腎機能が100%ではないため、アンギオテンシン系阻害薬の予防投与は必ずしもメリットばかりではなく、腎機能や貧血の悪化といった問題点もあることが指摘されていました。