2017年9月7日から旭川市で開催された第53回日本移植学会総会の特別企画として、日本の臓器移植が歩んできた道を振り返りつつ、現状の問題を提起する内容の講演が行われました。行政面、臓器提供、臓器移植関連学会の視点から、3名の講師によって行われた講演と質疑応答を、3回に分けてレポートいたします。


日本移植学会総会
第53回 日本移植学会総会 20周年特別企画1
「臓器移植法施行20周年を迎えて-臓器移植法成立への道程」
座長:古川博之先生(旭川医科大学外科学講座 消化器病態外科学分野)

「我が国における臓器移植の現状と課題」
蔵満薫氏(厚生労働省・移植医療対策推進室)

■日本における臓器移植の現状
最初に、臓器移植法が制定されるにあたり、背景となった法律が3つあることや、脳死の定義、関係省令・ガイドラインについて説明がありました。法律が13年ぶりに改定された背景には、2008年に国際移植学会で出されたイスタンブール宣言により、臓器が国境を越えてやりとりされることを防ぐ必要性が高まったことがありました。世界の動きに後押しされ、臓器の移植に関する法律の改正は2010年1月17日に交付され、7月17日に施行されています。
※イスタンブール宣言:臓器移植に関わる海外での臓器取引と臓器移植ツーリズム(渡航移植)などの問題に関して、2008年に国際移植学会が中心となり、トルコのイスタンブールで開催された国際会議で採択された宣言。臓器売買の禁止・臓器移植ツーリズムの禁止、自国での臓器移植の推進(移植が必要な患者の命は自国で救える努力をすること)、生体ドナー(生体臓器提供者)の保護を提言している。

家族の同意による提供や小児の臓器提供が可能になったことで、脳死下での臓器提供件数は持続的に増加しています。これをさらに増加させることが我が国の第一の目標になります。一方、心停止下の臓器提供件数は年間30件前後で、以前より減少した状態で安定しています。
都道府県別の人口あたりの臓器提供数は、和歌山、高知、長崎、福井についで、今回移植学会が開催された北海道が5番目となっています。少しずつ増加しているものの、日本の脳死下臓器提供数は100万人あたり0.72人と、先進国の中では壊滅的な数値で、心臓移植にいたっては登録している移植希望者の10%にしか行われていません。多くの待機患者は合併症の多い人工心臓を装着したまま移植までの期間を待っています。一方、急激な提供数増加は、制度や病院の体勢整備に影響するため、臓器提供推進の取り組みは、それらの制度、体制整備と両輪で行わなければなりません。
そのような環境ではありますが、少ないながらも日本の移植医療は高い水準を保って行われています。提供側では、ドナー1人あたりの提供臓器数が多く、移植先進国の米国では3前後に対して、日本では5.3となっています。また、移植側では、移植後の生存率が各臓器とも1年で9割前後であり、海外に比べてとても良い成績となっています。


■普及啓発のために必要なこと
講演では、現状についての説明の後、移植医療を普及啓発し、待機する患者さんが適切に受けられるようにするためにはどのような活動が必要かを、行政側の視点から解説されていました。
まず、臓器提供や臓器移植に関する国民の理解度については、各種のアンケートの結果では、一定程度はある、と出ているものの、教育や家庭の現場で、臓器移植について考えることを促す取り組みが必要だと言われています。それは世論調査の結果に、「自分の意思がわからない」、「家族が反対しそう」、という意見が多いからです。
また、自分の意思をしっかりと持っていても、それを家族に伝えている人は少ないようで、その点で臓器提供意思表示カードは重要であると考えられます。行政の取り組みとしては、健康保険証・運転免許証だけでなく、個人番号カード(マイナンバーカード)への提供意思記載を進めています。また国民の理解を深めるために、毎年10月の臓器移植普及推進月間に、救急・麻酔科・脳外科関連学会での市民公開講座、実際の事例を検討するハンズオンセミナー、展示ブースの設置など、各種の行事が計画されています。
提供・移植施設の負担軽減策としては、脳死臓器提供の頻度が高いと考えられる5類型施設(日本臓器移植ネットワークHPにリンクします)の体制整備状況を確認する作業が必要です。

5類型施設
・大学附属病院
・日本救急医学会の指導医指定施設
・日本脳神経外科学会の基幹施設又は連携施設
・救命救急センターとして認定された施設
・日本小児総合医療施設協議会の会員施設

脳死臓器提供は徐々に増加しており、2016年は年間64件の脳死下提供がありました。移植施設側のスケジュールが混み合い、重複する施設が出てくるため、今後さらに提供が増えると、移植候補施設が別の脳死臓器移植を施行中、というケースが出てくる可能性があります。実際、そのような事態が2017年8月にあったそうです。次の候補施設に変更するなどの措置が取られ問題は起きなかったのですが、このようなドナー発生が集中した場合の対応策を事前に検討することが重要です。
厚生労働省科学研究費の一つである横田班研究として、提供側と移植側の業務の効率化による負担軽減のための会議が開始されています。提供側では、臓器提供の希望があれば実現可能性があることをご家族に告げる「オプション提示」から、実際の臓器提供のプロセス、提供後に全例で行われる検証報告書の提出まで(提供施設)、移植側では、物品やMC(ドナーの全身管理をするMedical Consultant)の派遣・ドナー評価のマニュアル作り、摘出チームの互助(経費や人数の省力化、各ブロックでの協力化など)、摘出機材の提供施設からの供与の可能性、など提供・移植双方の作業を効率化することにより、増加する業務に対応できるような体勢整備を行うべき、との提言がなされています。
最後に蔵満氏からは、日本の移植医は、移植数が増加した場合の対応策について現実的にはあまり深く考えていないのではないかという指摘がありました。移植に関わるマンパワーを賄うために何が必要か(外科医の育成や内科医、移植コーディネーターの育成など)を真剣に考えるべき時期であるということでした。


次回、「臓器移植法施行20周年を迎えて-臓器移植法成立への道程」<中編>「臓器移植法における法的脳死に対する脳神経外科の取り組み」をお届けします。