トップページ  >  移植コラム  >  ドクターコラム  >  「ハイリスク症例における治療前のコミュニケーションについて」中川俊一先生(コロンビア大学 成人緩和医療学)<後編> 第53回 日本移植学会総会報告【2】

森田 研先生 コラム

平成29年9月7日から旭川市で開催された第53回日本移植学会総会の特別講演1として、重篤な疾患を抱えた患者さんとそのご家族に対するアプローチの方法、移植チーム全員が心得るべき基本的スキルであるコミュニケーションについての講演がありました。講演の内容を2回に分けてレポートいたします。

「ハイリスク症例における治療前のコミュニケーションについて」<前編>■緩和医療とは何か、いつ始めるべきなのかはこちらから


中川先生


第53回 日本移植学会総会 特別講演1
「ハイリスク症例における治療前のコミュニケーションについて-移植チームが尋ねなくてはならない5つの質問-」
中川 俊一先生(コロンビア大学 成人緩和医療学)
座長:紙谷 寛之先生(旭川医科大学外科学講座 心臓大血管外科学分野)


■重要な選択のためのコミュニケーション
<前編>で述べた、慢性的状態になる可能性がある重症疾患患者の治療方針を決める場合、患者の価値観に基づいた治療判断をするために、緩和医療科が患者家族とコミュニケーションを取ることになりますが、状況が厳しい方々から正確な情報を抽出することは難しく、古くはそれを推しはかり、主に医師が治療判断を代行してきた歴史があります。これをパターナリズム(父権主義)と言いますが、最近では、多くの医療専門職が知識を総合し、患者の性格や社会的背景に至るまでの情報を抽出し、患者家族を含めて治療方針を相談して決めていく共有的方針決定のシステムが必要とされています。

中川先生は、コンピューターに詳しくない人が、電気店でどの機種が良いのかを相談しながら購入する事例を用いて分かりやすく説明されました。優秀な販売員は、詳しいコンピューターの性能をただリストアップして顧客に機種を選ばせるのではなく、顧客のニーズを確認し、それに合わせた機種を予算に基づいて勧めてくれます。このような医療ができれば理想的で、医療のプロとしての判断力を活用し、患者家族が求めている治療ゴールの設定を行なって行きます。
具体的には、患者や患者家族に対し、大きな治療を受けた後の最も良い経過と最悪の経過の両者を示し、あなたの場合どの辺りになる可能性があるのか、ということを示します。加えて、それが手術をしない場合にはどうなるのかを比較して示します。
そして、術後の予測がかなり厳しいものの、どうしても困難な手術を希望する患者に対しては、術前に5つの質問を投げかけます。

〈5つの質問〉
1.「この手術の後、どのような状態になることを期待していますか?」
2.「手術と術後に関して、一番気がかりなことは何ですか?」
3.「術後に合併症などが起こった際、あなたにとって『死んだ方がまし』という状態とはどのような状態ですか?」
4.「どれくらい頑張る覚悟がありますか?」
5.「ご家族にはどこまで相談しますか?」


心臓移植をはじめとする臓器移植を前にした重症患者の場合、認知症になり意思疎通が取れない状態になって生きながらえてしまうリスクも存在します。これは生存と死亡の間のグレーゾーンとも考えられ、最終到達地点がどこまで許容できるか、を事前に聞いておく必要があります。

会場からも質問がありましたが、「何もそこまで聞かなくても良い」と考える医療者や、「そこまでは考えたくない」という患者さんもいらっしゃると思われます。危険性を示さなくても、術後合併症が起こらず、うまく治療が進む場合も考えられます。
しかし、つっこんだ話を事前にしておくことによって、家族と患者が人生の価値観を共有するチャンスが生まれ、状態が改善した後の病気の再燃の際にも役に立つそうです。こういった考え方は、緩和医療の先進国から学ばなければならない点であると感じます。


■心臓移植の待機者におけるコミュニケーション
補助人工心臓技術の急速な発達によって、重篤な心疾患の予後は改善しています。ただ、血栓症を始めとする合併症は多く、これを完全に防ぐことは不可能です。いついかなる時にも、心臓移植の待機中に状況が悪化する危険性があります。
だからこそ、中川先生は緩和医療の早期導入が必要だと力説されており、現在、補助人工心臓装着患者の全例に緩和医療介入を行なっているそうです。心臓移植の数が日本よりも格段に多い米国でさえ、補助人工心臓装着までで、心臓移植を受けられない患者は70%にのぼります。最悪の状況についても術前に踏み込んで話しておくことが重要だそうです。患者の心理・体調は変化するので、一回だけの面談では不足で、継続したコミュニケーションが必要です。
圧倒的に不足している臓器移植のドナーをどう増やすかについても、「日本人はこういった『もしもの場合』の会話をしない傾向があるのではないか」と述べておられました。緩和医療の現場でも、このような話をするのは、時期が遅くなればなるほど難しくなるそうです。


■まとめ
中川先生ご自身の経験から、外科医のトレーニングと、難しいコミュニケーションスキルの訓練は驚くほど似ていると感じておられるそうです。手術もスキルの訓練も、全く同じステップを踏みます。周到な準備 ⇒ イメージトレーニング ⇒ 実技(実際の手術や患者との面談)⇒ 反省と復習。これを毎回繰り返すことにより上達するのです。最後にこの点を強調して講演を締めくくられました。


会場から多くの質問が寄せられました。その中で、「このスキルは、医療専門職が専門的に身につけるべき技能なのかどうか」という問いがありました。それに対して中川先生からは、「このスキルは、医療専門職の資格は必要なく、受付のスタッフなども含む病院のすべてのスタッフ、患者家族と面談する医療社会福祉士などが習得すべきで、患者家族に無資格で対応しても構わないものだ」との回答がありました。
医療チームすべての人が、「重要な選択のためのコミュニケーション」にあげた、5つの質問をすることができるそうです。そして、それを医療従事者の教育にも取り入れるべきである、とのことでした。

最後に、この講演のためにニューヨークから来てくださった中川俊一先生に対して、中川先生の学生時代の同級生である座長の紙谷寛之先生(旭川医科大学心臓大血管外科学分野教授)から、この先進的医療を日本でも進めるために、「中川先生に是非、将来日本で活躍して頂きたい」とエールが送られ、講演を終了しました。


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