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レシピエントインタビュー

相葉 啓二さん
移植種類: 献腎移植
お名前: 相葉 啓二さん
ドナー: 献腎ドナー
移植後: 数年(取材時)
病院: 自治医科大学附属病院
ドクター: 八木澤 隆先生
取材日: 2013/09/24

自治医科大学附属病院レシピエントインタビュー

良縁に導かれて

 自治医科大学附属病院 レシピエントインタビュー第1回目は、数年前に献腎移植を受けられた、相場啓二さんです。
 20年以上の透析による様々な合併症の治療や手術を乗り越え、強い意志を持って移植手術に臨まれた時のお話や、移植後、毎日感謝の気持ちを忘れずに充実した日々を過ごしていらっしゃる現在の様子など、様々なお話をお聞きすることが出来ました。

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バットが握れない

腎不全の症状が出始める前はどの様な生活でしたか?

相場さん
 風邪を引くこともほとんど無く、休日はスポーツをして楽しむなど、病気とは全く縁の無い生活をしていました。

腎不全の症状が出始めたのはいつ頃からですか?

相場さん
 1989年、41歳の頃です。体がだるく感じるようになり、食欲も無くなり、体重が減っていきました。
 病気になるまでは野球をやっていたのですが、試合の途中に急にだるくなり、バッターボックスで足に力が入らないことや、バットを持つ手にも力が入らなくなるようなことがありました。またその頃に両親の金婚式のお祝いがあったのですが、乾杯の盃を口に持っていくことも出来ない状況でした。
 ただ、仕事中は緊張感もあったのか、体調不良に気が付きませんでしたね。

野球をする相場さん

その後、いつ頃病院を受診されたのですか?

相場さん
 体調が悪くなった翌年の1月末の自分の誕生日に、妻に促され、誕生日だから一度診てもらうか、という気持ちで受診したところ、即入院となりすぐに血液透析導入となりました。

透析導入直後の体調はいかがでしたか?

相場さん
 透析導入をした病院には4ヶ月程入院をしたのですが、ヘマトクリット値もかなり低く、体力も無くなっていたこともあり、入院中は眩暈と嘔吐を繰り返し、かなり辛かった記憶があります。入院中に二度ほど自宅に帰ったのですが、深夜になると同じような症状が出て、病院に戻ったこともありました。
 その後、他の患者さんから勧められた透析クリニックに転院し、少し状態が落ち着きました。

突然の透析導入で気持ちの整理が難しかったと思うのですが、治療に向き合うことが出来たきっかけは何かありますか?

相場さん
 透析治療が始まった時、当時の上司から「人はそれぞれが持つ環境がある。その環境の中で生きる事に意義がある」と言って頂いたことで、透析治療に前向きになることが出来ました。
 また、夜間透析を始めた最初の日の帰り際に、当時既にかなり長い期間透析をされていた患者さんから「私は透析でも長生きできることを証明したいのです」という話をお聞きし、私も家族の為にも同じような目標を持って、きちんと透析をし、長生きをしなければ、と強く思いました。

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レシピエントインタビュー【献腎移植】