主治医からの勧め

移植に消極的だった田中さんが、移植手術を受けようと思ったきっかけはどの様なことだったのでしょうか。

田中さん

田中さん
透析導入後17年はとても順調だったのですが、(移植前の)最後の1~2年は静脈高血圧症のためにシャントの状態が悪かった為、透析の主治医から移植を勧められたのが最初のきっかけです。その先生は、早くから私に「移植をしませんか」と言ってくださっていました。移植の講習会を開いてくださり、主人と一緒に行ったりもしていました。

透析の最後の1~2年は、シャントが使えなくなってしまったのでしょうか。

田中さん
静脈高血圧症で腕の静脈が発達しすぎて膨らんでしまい、手の甲がペロっと皮膚が剥がれるようになって、腐ってきてしまったのです。シャント自体は使えたのですが、腐ってきたのでどうにもならず、シャントを反対側の腕に移しました。そうしたら、1年もたたないうちに、移した方の腕も同じようになってきてしまったのです。

迷いを乗り越えて

後に主治医となられる松本先生と最初に会われたのはいつ頃でしたか。

田中さん
移植の準備のための検査入院をした時です。

松本先生

松本先生
最初にお会いした時には、田中さんの主治医はまだ決まっていませんでしたが、内科で検査入院をされていた時に私が追加検査を行うことが多かったので、お話をする機会がありました。
田中さんは色々と深く考える方なので、最初は移植に対して随分悩まれていて、追加検査の説明をしに伺ったときに、たまたまそういう話になり、ベッドサイドで2、3時間くらいお話ししたと思います。
その後、偶然にも私が田中さんの移植手術を担当することになったのですが、その様なお話をしていたからか、とても印象に残っていますね。

田中さん
移植に対しては不安で仕方がありませんでした。例えば主人の腎臓を頂いて、手術がうまくいけばいいのですが、自分が健康な人を傷つけて、もしうまくいかなかったら申し訳ないと思っていました。その様な思いから、先生に不安をぶつけてしまいました。コーディネーターの橋詰さんや他の病院スタッフの皆さんにも、いろいろとお話をお聞きしました。

橋詰移植コーディネーター
最初に田中さんご夫婦にお会いした時、ご主人は提供されたいという意志はしっかりお持ちでしたが、田中さんは移植に対して悩んでいらっしゃいましたね。
田中さんは透析を20年程されていましたが、今まで食事や水分、生活全般における管理にとても気を使われていて、透析管理をとても努力されてきた印象を受けました。移植後は自己管理がとても大切になります。田中さんなら移植後大丈夫と思っていました。
ところが、田中さんは移植に対して不安があり、「ねえ、本当にやっていいのかな。でも、みんなが“やったほうがいい”と言うし、娘もそう言っている。」とおっしゃるのです。私からは、「お孫さんがいらっしゃるんですよね。ご主人も娘さんも田中さんのことを本当に頼りにされています。これからも一緒に頑張っていきたいとお話されているんですよね。最後は、田中さんのお気持ち次第ですよ。」と話をしました。そして、感染症や拒絶反応のお話から、移植後に期待される事など色々なお話をさせて頂き、最後には「やろう」と言ってくださいました。
手術が無事終わり、何事もなく1年経過した今では、外来で会うたびに「本当に移植してよかったね」「でも、それはすべて順調だったから言えることで、みんなに感謝しないとね」と話しています。

その様な迷いがあったということは、もしもシャントが駄目にならなければ、そのまま透析を続けていましたか。

田中さん
はい、もちろんです。もし透析が続けられたとしたら、移植は考えられませんでした。人のものを頂いてまでとは思っていませんでした。

でもご主人は、横で見ていて、早く移植してあげたいと思っていたのですよね。

ご主人(ドナー)

ご主人(ドナー)
はい。やはり大変ですよね、透析は週3回通わなければなりませんから。また、血管もどんどんどんどん膨らんでいって、もう刺すところがないぐらい腕がボコボコになってしまっていました。ただ、そんな状況でも、妻は平気そうな顔をして「なんでもないわよ」と強がるのです。強がって、家族に心配させないように努力していたのだと思います。

田中さん
今もそうですが、移植前、私は頑張って精一杯楽しく“今日”を生きてきました。ですから、シャントが駄目になってきた時には、「(今まで頑張ってきたので)もういいかな」と思いまして、主人にも(最悪のことを覚悟して)「もう私いいよね」と言っていたのです。
ところが、そんな私を見かねて、「自分の腎臓をあげるからとにかく生きてほしい」と、普段は泣かない娘から長い時間泣きつかれ、懇願されてしまったのです。当時、なかなか子供に恵まれなかった娘に待望の子供ができ、喜んでいるうちに次の子が自然にできたものですから、上の子もまだ小さくて大変でしたし、私の手が一番欲しいときに、私が消えてしまうのではないか、と思ったのかもしれませんね。
その様なこともあり、「これはもう、娘のために移植しなければいけないかな」と思いました。

ご主人(ドナー)
妻は透析歴が長いので、周りの患者さん仲間が、1人、2人と亡くなっていくのを見ていたのです。どういう状況で亡くなっていくのか、というのが分かっていたものですから、自分の状況と亡くなった知り合いの方々を比べて、次は私かもしれないな、と思っていたのではないでしょうか。

田中さん
腕のシャントが同じような状態の患者さん同士で「(シャントの)手術をして早く元気になるんだ」と言っていても、2、3ヶ月すると皆さん亡くなってしまっていたのです。ですから、自分もきっとそうなるのだろうということが、薄々分かっていました。

そして、移植を受ける為にこちらの病院にご紹介で来られたのですね。

田中さん
はい、そうです。ただ、20年近く透析をしてきましたし、動脈硬化も激しかったので、おそらく断られるだろうと思っていました。また、当時は、移植を受けることに対してまだまだ心の葛藤があったので、病院に断ってもらった方がこちらも納得するし、娘も納得するだろうという思いがどこかにありました。

松本先生
透析歴が長いと、どうしても血管等に変化が出てきやすいので、それは覚悟して検査を行いましたが、透析歴が長い割には、血管等の状態はすごく良かったと思います。透析歴が長いので一応行った追加検査も全部パスしましたね。

透析歴が長い場合は、どのような検査が追加されるのですか。

松本先生
例えば、心臓の検査もより細かくやっておきましょう、とか、腎臓の嚢胞に悪いものが隠れていないかどうか(通常ではやらない)検査をもう一つ加えましょう、という様に追加の検査を行います。

この病院で移植をされた方で、最長でどの位の期間透析をされた方がいらっしゃいましたか。

松本先生
透析歴が20年を越えて、移植をされた方もいます。田中さんは18年半でしたね。

移植前の検査は入院でするのでしょうか。

松本先生
はい。検査入院は約1週間です。田中さんは少し長引いて3週間でしたね。

生体腎移植を希望して来院された方には移植コーディネーターからはどの様なお話をされるのでしょうか。

橋詰移植コーディネーター

橋詰移植コーディネーター
去年、当院で移植を受けた方の約4分の1は、透析導入前の方です。腎代替療法導入前となると治療への不安から「早く移植したい」という気持ちが強くなってしまいがちですが、生体ドナーさんあっての移植医療ですので、家族間での十分なお話し合いと移植後の自己管理をしっかりできるかを確認しています。
透析歴が長い方は、透析がライフサイクルの一つになっているからでしょうか、日常生活に支障がない方も多いので、「逆に移植をすることで免疫抑制剤を飲んで具合が悪くなってしまったらどうしよう」と、移植に対して悩む方もいらっしゃいます。そういった方には、時間をかけてゆっくりと移植医療についてご説明させていただきます。ただ、透析歴が長くなってしまった場合、合併症も考えられますので、安全な移植医療を行う上でも、「具合が悪くなってからでは、移植をしたいと思ってもできないかもしれません」という様に移植のタイミングのお話をさせて頂くこともあります。
また、一番大切にしていることは、ドナーとレシピエントとの関係性です。夫婦間、兄弟間、親子間でそれぞれに理由があるので、両者のお話を聞きながら、本当に双方の同意があって移植を希望されているかを確認します。移植の相談に来たから絶対に移植をするというわけではなく、患者さんにとってはどちらがいいのかということを、しっかり話をしていく必要があります。