移植手術に向けて

その後、移植手術までにはどのようにお話が進んでいったのでしょうか。

森さん
北田先生のセミナーを聴講してから1カ月後、先生に直接電話をしてアポイントを取り、主人と二人で九州大学病院に伺い、移植の説明を受け、その場で検査も受けて帰りました。先生からは、「セミナーをご夫婦で聞かれたのであれば話は早いですね。腹膜透析が順調でも透析による合併症は進んでいる可能性はあるんですよ。」と言われ、少しでも早い時期に移植した方が予後もいいと納得しました。
その後、東京在住の長男にも病院に来てもらって説明を受け、安心して手術に臨むことになりました。

ご主人は先生のお話をお聞きして、改めてドナーになる決心をされたのですか。

ご主人
先生とお話しして、「私にはドナーになる資格がある、私は提供できる」と思いました。そして、移植をすることで、妻の生活が一変するだろうと思いました。妻が透析を始めてからの最初の旅行で、二人で嬉野温泉に行ったのですが、仲居さんが旅行鞄を運んでくれた時に、「有田の陶器市に行かれたのですね!」と言われたのです。鞄が重たいので、陶器を買ったと思われたのですね。実際には、透析バッグを詰めていたのですけれど(笑)。移植をすれば、そのような荷物の持ち運びなども無くなると思いましたね。

ご主人から腎臓を提供いただくということに、心のハードルのようなものはありましたか。

森さん
いいえ、ありませんでした。ただ、「ありがたい」という感謝の気持ちのみです。ですから主人とは、「移植手術ができたらいいね」と、何気ない会話しかしていません。真面目に話し合ったこともないですし、「お願いします」とか「ください」と言ったこともありません。

移植手術が決まってから、実際の手術までの期間はどのくらいでしたか。またその期間の生活で 特に気を付けていたことがあれば教えてください。

森さん
手術決定後、実際の手術までは、私たちの希望で9カ月でした。その間は、とにかく腹膜炎にならないように気を付けていましたが、なぜか3回もかかってしまいました。移植手術ができなくなるのではないかという不安がいっぱいだったのですが、北田先生とのメールのやりとりでその不安感は払拭しました。

ご主人は移植手術までに特に気を付けていたことはありますか。

ご主人
手術に向けて、ドナーになるための検査を徹底的に受けて、それらをすべて通過しましたので、自分は健康体だということが分かりましたが、ただ一つ、肝臓の数値が高いということを指摘されました。以前から脂肪肝があったため、「これがある限り手術は受けられません」と言われたのです。「手術日程を伸ばしたらどうですか?」と言われましたが、仕事のスケジュールもありましたので、1カ月で痩せることにしました。お酒を止めて、油物も一切取らずに食事を減らし、1カ月で4キロ痩せました。その結果、肝臓の値がスコーンと落ちたのです。


森さん
主人はそういうところは真面目なのです。「少しくらいなら、アルコールを飲んでもいいのよ」と言っても、「いや、絶対飲まん」と言って、結局1カ月は本当に飲まなかったですね。

ご主人は、手術は初めてだったのですか。

ご主人

ご主人
移植手術の約10年前に胆嚢を腹腔鏡手術で摘出しています。ですから、すでに臓器が1個無かったのですね(笑)。胆嚢が無いので、食事やお酒を控えないと駄目なのかと思っていたのですが、実際には、油ものを少し多めに食べたりお酒を飲んだりしても、特に問題がなく、何も困っていません。胆嚢は無いけれども、ごく普通の生活ができています。そういう意味では、手術にも慣れていたのかもしれません。

手術の際には会社をお休みされたと思うのですが、お仕事への影響はありませんでしたか。

ご主人
当時、私はまだ58歳でしたので、仕事も現役で、たくさんの部下もいました。当初は手術の際に会社に休みを頂き、業務に支障が出ることを心配していたのですが、当時は景気が悪く、私の会社も操業度が落ち、休みが取りやすい状況にありました。ちょうどその時期に移植手術をすることができましたので、本当にタイミングが良かったのだと思います。

のぶちゃん2と一緒に

そして無事に移植手術の日を迎えられたわけですが、手術を終えた時の心境を教えてください。

森さん
主人の腎臓が私の体の中にあるという、不思議な感覚でした。右の下腹部に触って感じることができるのですが、それが主人から頂いた腎臓であり、気持ちであり、とても愛おしく感じました。術前に、看護師さんから、「移植をうまくいかせるためには、頂いた腎臓に名前を付けたらいいのよ」と言われたので、主人の名前の“のぶひろ”から、頂いた腎臓に、“のぶちゃん2”と名付け、「のぶちゃん2、頑張ってね」と言って撫でていましたね(笑)。

手術後の経過はどうでしたか。

森さん
順調そのものです。術前のクレアチニン値は6〜7mg/dlくらいあったのですが、主人からもらった腎臓が私の体に対して大きいということもあり、術後すぐに0.7mg/dlまで下がりました。手術の半年後、白血球が下がり、感染予防のために1週間入院して抗ウイルス剤を飲みましたが、それ以降、5年目の今まで、入院は一度もありません。

北田先生

北田先生
森さんの場合は、血液検査でサイトメガロウイルス感染の反応が少しだけ出ていたのですが、症状などはありませんでした。そのような場合、治療薬の副作用で白血球が下がる人がたまにいらっしゃいますが、一時的なものですぐに回復してきます。

ご主人は、術後の体調はいかがですか。

ご主人
術後、退院後ともに、何も問題はありません。