希望の光に照らされて

約10年の待機期間を経て、献腎移植の連絡を受けた時は、どのようなお気持ちでしたか。

吉田さん
移植希望の登録をした時には、待機期間は14年くらいだとお聞きしていたので、信じられませんでした。取るものも取り敢えず、病院に向かいました。

その時が初めての移植の連絡だったのでしょうか。

吉田さん
はい、そうです。ちょうど仕事を終えて帰ってきた時でした。その時の私の順位は、最初は3番目だったのですが、どのような理由かは分かりませんが、移植ができることになりました。突然のお話でしたが、不安感は全くありませんでした。先生に全てお任せしようという気持ちでいました。

移植の連絡が来るまでには、もう少し時間がかかると思っていましたか。

吉田さん
はい。14年か、それ以上の年数はかかると思っていました。でも、当時すでにシャントが詰まりかけており、体力が落ちてきて、足腰も弱り、少しの段差でもつまづくなど、老人のようになっていましたので、そのような状態から解放されると思うと、安心する気持ちの方が大きかったです。手術の前の晩もぐっすり眠ることができましたし、手術台に上がるときも、何の不安もありませんでした。

手術後の経過はどうでしたか。

吉田さん
献腎移植にしては尿の出も早く、とても順調だったと思います。

どのくらいの期間入院されたのですか。

吉田さん
約1カ月です。


渋谷先生
献腎移植の場合は、皆さん大体1カ月くらいの入院期間です。

入院中も、日々どんどん元気になっていくのを実感されましたか。

吉田さん
そうですね。ただ、尿が出始めた最初のころは、三日三晩、10~15分おきに尿意をもよおすのに、少ししか尿が出なくて大変でした。


渋谷先生
吉田さんは最初の1週間くらいは、尿が全く出ませんでしたね。尿が出始めてからも、膀胱が小さくなっていましたから、1回に溜まる尿量も少なく、少しずつしか出ませんでしたので、トイレに行く頻度が増えてしまったのですね。


吉田さん
何度もトイレに行かなければならないので、眠れず、夢遊病者のようでした。「ずっと、このままの状態なのかな」と思い、不安になりましたね。でも、尿が出始めて3日くらいたつと、少しずつ量が出るようになり、その後は、本当に毎日、どんどん出るようになったので、それはもう、うれしかったです。だんだん良くなってくる、光が見えてくるという感じですね。トンネルの先のポツンとした光が、だんだん大きくなっていくというイメージです。

移植前は体力が無くなり、足腰も弱っていたとのことですが、移植後は変わりましたか。

吉田さん
見ていただくと分かりますが、本当に背筋が伸びましたね。自分でも、10歳くらい若返ったと思います。私がやっているラーメン店にいらっしゃるお客さんも、皆さんそう言ってくれます。透析を受けていたころは、マンホールの少しの段差で転んでしまうくらいでしたから、ずっと車で移動していたのですが、今は散歩ができるようになりました。もう、マンホールが全然怖くありません (笑)。

介護をさせていただける幸せ

移植をしてから一番良かったこと、うれしかったことはどのようなことですか。

ご両親と一緒に

吉田さん
時間の制約が無くなったことで、自由と健康のありがたさがしみじみと分かりました。この思いを毎日噛み締めて、摂生に努めたいと思っています。
それと、毎日仕事を終えてから、夜に父親の介護をさせていただけるようになったことがとてもうれしいです。父に食事をさせたり、おしめを替えたりすることができる体にしていただき、とても感謝しています。移植前は、夜間に透析を受けていたので、母に父の介護の負担をかけてしまっていたのですが、今は母と分担できるのが本当にありがたいです。
後は、友人との交流が、制約なしにできるようになったことも、とても良かったことですね。

ご友人と旅行などにも行かれるのですか。

吉田さん
はい。先日も、大学時代の友達と、広島の鞆の浦へ遊びに行ってきました。いろは丸の事件で坂本龍馬が賠償交渉をしたところです。

やはり、高知の方は、龍馬に対する思いが強いのですね!

吉田さん
そりゃあもう、全く違いますよ(笑)。