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森田 研先生 コラム

平成27年10月1日から3日にかけて熊本にて開催された日本移植学会での特別講演の内容について、北海道大学の森田研先生にご解説いただきます。第3回目は、昨年、網膜の加齢黄斑変性症のiPS細胞治療を成功させた、理化学研究所 多細胞システム形成研究センター 高橋政代先生のご講演です。


「iPS細胞による網膜細胞治療」
理化学研究所 多細胞システム形成研究センター 高橋政代先生


平成27年10月1日から3日にかけて、熊本にて開催された日本移植学会で、興味深い講演を聞きましたので報告いたします。私が聴講し理解した内容を元にレポートしますので、講演者の意図とずれているかもしれません。ご了承の上お読みください。

高橋政代先生は眼科医としての豊富な臨床経験、手術実績を持ち、網膜変性疾患の遺伝子診断や、20年に及ぶ幹細胞研究で網膜細胞を研究した上で、昨年、網膜の加齢黄斑変性症のiPS細胞治療を成功させました。
成功までの背景には、眼科医としての臨床や研究者としての仕事の他に、ベンチャービジネスの立ち上げといった、通常の研究者が経験しないことも経験されたそうです。

【iPS細胞治療研究の背景】
高橋先生の研究室が、いち早くiPS細胞治療の臨床応用を開始できた背景には、それよりずっと以前のES細胞の段階から、治療に応用すべく、研究段階の準備実験を行っていたことがあります。その結果、今回iPS細胞が完成できた段階で、早く臨床応用できたということです。また、実際のiPS細胞の臨床応用の際には、STAP細胞の騒動の際に亡くなられた、理化学研究所の神経細胞研究の第一人者、笹井芳樹先生に重要な指導を受けたそうです。

【臨床応用に至るまで】
網膜の細胞治療は、細胞をシート状に加工して網膜に移植するので、組織移植に近く、臓器移植の一歩手前と考えているそうです。したがって、薬事法や医師法などの規制を受けるため、iPS細胞による治療を最初に行う際には、その調整作業も大変だったようです。その調整の過程で、政府や行政は協力的でよく理解してくれたようですが、予想外に科学者の活動上の基準が厳しく、難渋したとお話されていました。
具体的には、移植する細胞を製造する施設の建設、細胞製造チームの結成、作った細胞シートを移植する手術チームの結成、患者会、眼科学会との折衝、ベンチャー企業の設営、機械の設計による自動化、メディア対策などの作業を、科学研究と並行して進めておくことが必要だったそうです。
その作業を進める中では、「成果が出るか不明なのに、法律や機械化の準備をするのは問題だ」と指摘されたこともあるそうで、その説得に非常に苦労されたようです。
高橋先生は、それに対する答えとして、京都大学人文科学研究所の特別研究員である鈴木和歌奈先生の分析結果を参考に方針を決めたと言います。つまり、「未来に目標があると、それに至るまでの過程は過去になり、その過程で準備することは決まってくる」というものです。この考え方がないと、一定期間の後に完成させる目標に向かって、どのような準備をすべきか、ということを他人に説得することができません。
今回の網膜治療においても、大変な作業を経て作成した細胞シートを、患者さんの網膜に移植するための機材を新規で開発する必要性が出てきたため、余計な時間がかかることを見越し、すでに眼科で手術に使用している機械を流用する方法を考え出したそうです。
また、「網膜細胞治療を待っている患者さんに対して、iPS細胞による治療以外に、効果のある別の新たな治療法が開発される可能性があるのではないか」と批判されたこともあるそうです。実際、他の領域では、大変な作業と経費をかけて開発された治療法が、別の効率の良い治療法が開発されたことによって意味がなくなった、という事例もあるそうです。

【患者さんの協力】
実際の手術の際には、網膜細胞シートを挿入するときに網膜の血管を傷つける危険性があるとのことで、手術はその道の専門家が担当されたようですが、「ここで失敗すると全てが水泡に帰す」ということで、大変緊張されたようです。
最初に治療を受けた患者さんは、そのようなことも全て了承の上で、「自分が治療によって治らなくても、次世代の人たちのための治療の研究になれば良い」とおっしゃってくれたそうで、その患者さんのおかげでこの治療はスタートできたということもお話しされていました。

【今後の展望と課題】
iPS細胞の構造的特徴である腫瘍化の可能性や、遺伝子の変質などの問題、本人の細胞が間に合わない場合に、iPS細胞ストックから供給する場合の拒絶反応など、今後臨床的に成功するために越えるべきハードルはまだあります。
ただ、日本が国家プロジェクトして進めている治療であるため、臨床試験の承認は研究所が率先して進めることができるという点で、日本での研究が有利になるシステムだそうです。米国式の、企業と保険会社が主導するシステムでは決して上手くいかないとお話しされていました。

目標の達成にあたっては、患者さん共々研究者も、「疾患の正しい情報を集めて障害の現状を理解し甘受する、健全なあきらめが必要である」という、九州大学の心理学教授 田嶌誠一先生の言葉を引用して講演を締めくくられました。


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