トップページ  >  移植コラム  >  ドクターコラム  >  「ハイリスク症例における治療前のコミュニケーションについて」中川俊一先生(コロンビア大学 成人緩和医療学)<前編> 第53回 日本移植学会総会報告【2】

森田 研先生 コラム

平成29年9月7日から旭川市で開催された第53回日本移植学会総会の特別講演1として、重篤な疾患を抱えた患者さんとそのご家族に対するアプローチの方法、移植チーム全員が心得るべき基本的スキルであるコミュニケーションについての講演がありました。講演の内容を2回に分けてレポートいたします。


中川先生


第53回 日本移植学会総会 特別講演1
「ハイリスク症例における治療前のコミュニケーションについて-移植チームが尋ねなくてはならない5つの質問-」
中川 俊一先生(コロンビア大学 成人緩和医療学)
座長:紙谷 寛之先生(旭川医科大学外科学講座 心臓大血管外科学分野)


中川先生は北海道の網走市出身で北海道大学を卒業後、肝臓移植外科医を志して渡米しましたが、健康上の理由で外科医を断念せざるを得ませんでした。その後、米国留学中の臨床研修の過程で、外科医を育てるための教育目標や研修ステップを作るのと全く同じ方法で、治療困難な疾患によって悲嘆にくれる患者さんやその家族とのコミュニケーションの取り方を教育できることに気付き、その具体的な手法を発表して大きな反響を呼びました。
現在、ニューヨークのコロンビア大学病院・成人緩和医療の現場で、多くの治療困難な疾患をかかえる患者さんの面談に関わり、医療スタッフの教育を行なっておられます。その中で、移植でしか助からない心臓疾患で人工心臓を装着される患者さんの緩和医療のプログラムに取り組んでおられます。


■緩和医療とは何か、いつ始めるべきなのか
緩和医療は終末医療とは異なり、重篤な疾患を抱えた患者さんとその家族に対して、その疾患が原因となっているさまざまな症状を取り除き、QOL(生活の質)を高めることを目的としています。そのため、終末期になってから始めるのではなく、病状が進行する前から提供されるべきものです。


緩和医療


日本でも癌やエイズなどの治療で緩和医療が取り入れられていますが、専門家がまだ少ない状況です。そのため、慢性疾患のように長く病気と付き合わなければならない患者さんに対して、医療を提供するすべての医療職が身につけるべきスキルであるとして、具体的な事例を挙げて説明されました。

中川先生が行っておられる緩和医療の専門診療は、合併症を持つ患者さんが、回復の見込みが厳しい状況になる可能性がある、と判断された時点で、主治医から得た治療経過に基づき、家族、患者さん本人と面談を開始します。その後、面談を重ねながら、治療方針決定のためにどのような情報、対策が必要かを考えていきます。


■緩和医療のポイント
中川先生は講演の中で、緩和医療を始める際の注意点を、症状のコントロール、コミュニケーション、治療移行、の3つのプロセスに分けて説明されました。
医療現場では、患者さんの診断がついた段階で、医師・看護師のみならず多くの医療スタッフによるアプローチが開始されますが、病気以外の患者さんを取り巻く問題をいかに早く、正確に抽出できるかは、簡単なようで、実際には難しいことです。

現代の医療は、診療科が細分化していることにより情報が錯綜し、患者さんの理解と医療者の理解に乖離が起こる場合があります。医学的に同じ状態だとしても、家庭や社会的環境によってそれぞれの患者さんの治療選択の考え方は異なります。それをいかに正確に把握するかが重要です。

そして、先にも述べたように、手術を含めた積極的治療の後に突然緩和医療へ移行するのは間違いで、慢性疾患を含めたすべての疾患が診断された時点で緩和医療が開始され、段階的に少しずつ範囲を広げていく方法が望ましいそうです。仮にそれが癌などの重症疾患だとしても、このアプローチにより生存期間自体が伸びる、という事実が示されているそうです。そのため、すべての疾患で最初から緩和医療科に相談したいところですが、米国でも緩和医療専門医は足りていないため、すべての医療者が身につけるべきスキルとして研修医教育が始まっています。そして、難しい症状コントロール、複雑なコミュニケーションが必要になった時点で、緩和医療専門医に相談するそうです。


■慢性的重症病態(Chronic Critical Illness)とは何か
慢性的重症病態とは、ある病気になり、生命維持が危険な急性期を乗り越えたものの、慢性的な臓器障害、機能障害を伴う状態を指します。
一般的には人工呼吸器での管理が3週間を超えた時点と定義されています。心臓血管外科や癌治療で身体的に影響が大きい治療が行われた場合、その治療がうまくいってもいかなくても、ある程度身体的障害が残存し、この状況に移行してしまうことが多いそうです。
十数時間以上に及ぶ大手術を乗り越えたとしても、長期の集中治療によって低栄養・サルコペニア(筋力低下)・浮腫・慢性感染が残ります。統計では、どこの病院でも重症疾患の治療数全体の10%に起こりうる病態で、1年生存率は30~40%、人工呼吸器からの離脱や治療後の再入院が約半数に認められます。慢性的重症病態の患者には高齢者が多く含まれており、6ヶ月後の認知機能障害が70%、1年後に生活が自立している割合は12%という厳しい状況です。
多くの場合、生存はしていても前の状態には戻れない状況となります。このような状態は、簡単に生存率や死亡率だけでは語れない部分があり、大きな治療を受ける前にどの程度こういった状況になる可能性があるか、ということを正確に予測できた上で治療に臨んでいる患者・家族は多くはない、というのが現状です。

実際に高度救命センターや大学病院等の高度医療機関で治療を受けた患者家族を対象とした調査によると、人工呼吸器などの延命装置を必要とする治療で身体機能・認知機能に障害が残るかどうかは、生きるか死ぬかの選択に匹敵する、という結果が出ているそうです。


「ハイリスク症例における治療前のコミュニケーションについて」<後編>■重要な選択のためのコミュニケーションはこちらから


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