今回から3回シリーズで、2014年4月24日~27日に神戸市にて開催された、第102回日本泌尿器科学会総会での主な演題について、北海道大学 外科治療分野 腎泌尿器外科学 講師 森田研先生にご紹介・ご解説頂きます。



平成26年4月24日から4日間、神戸において第102回日本泌尿器科学会が開催されました。その中で、腎移植に関係した興味深い講演や企画を選びレポートしました。なお、私の理解不足で発表者の意図した内容と多少異なる解釈や、表現を変えたことによる微妙な違いがあるかもしれません。このレポート内容についての責任は全て私にありますのでご了解ください。

パネルディスカッション5 「腎移植にみるウイルス感染症」予防・診断・治療 (座長:田邉一成先生 東京女子医科大学 、 山本新吾先生 兵庫医科大学)

腎移植後の免疫抑制剤投与によって起こるウイルス感染症について、近年、予防、診断、治療が発達してきています。ウイルス別に最新情報の講演が行われ、田邉先生と山本先生の司会で質疑応答が行われました。

サイトメガロウイルス感染症の腎移植における問題点(北海道大学病院 森田 研)

最近の免疫抑制によって腎移植後に最も頻繁に感染が起こるウイルスであるサイトメガロウイルス(CMV)について、最近の治療ガイドライン(日本臨床腎移植学会、日本造血幹細胞移植学会ガイドラインCMV感染症、米国移植学会、国際腎疾患ガイドライン)を参考に検討しました。CMV感染は、以前に考えられていたような感染様式(風邪のように飛沫感染するパターン)よりも、実際は臓器移植や体液、母乳、輸血、性行為などにより感染を起こす方が多いようです。日本人は元来、幼少時期にCMVに感染し、自然に抗体を持っている人が多かったのですが、最近は若い人を中心に抗体が無い、未感染の状態の人が増えてきています。
 従って、腎移植の際、ドナーもレシピエントも抗体が無い場合の予防措置は不要ですが、ドナーに抗体があり、レシピエントに抗体が無い場合は、腎移植とともに高率に感染するため、予防薬を内服するべき、というガイドラインが増えてきています。ドナー、レシピエントとも抗体がある場合でも、抗体の構造に違いがあり、それらが適合していない場合は、移植後に新たな感染を起こしてくる場合もあるため、予防が必要とする考えもあります。
CMVの検出法は国内で標準化された方法があるので、診断率は20年前に比べて格段に進歩していますが、この検査を移植後いつまで定期的に行うかについては、ケースバイケースで考える必要があります。血液検査では陽性となりにくいCMV感染として、網膜炎や胃腸炎があり、血液検査では陰性でも眼底検査や消化管内視鏡で診断が付く場合があります。その他に、白血球減少や低蛋白血症、血液中の酸素分圧低下などの臨床所見がCMV感染診断の参考になります。
治療については、ガンシクロビルという治療薬を腎機能に合わせて必要十分量になるように調節して投与し、免疫抑制剤の量を調整して、免疫反応で感染を乗り越えられるようにします。CMV感染によって拒絶反応が誘発されることも知られており、免疫抑制剤の調整を慎重に行うことが重要です。感染を治療した後も、十分な抗体が獲得されているかを血液検査で確認していくことが望ましい、という意見が出ていました。

腎移植患者における水痘・帯状疱疹(兵庫医科大学腎移植センター 野島道生先生)

水痘・帯状疱疹ウイルス(VZV)は小児期に水疱瘡で初感染し、CMVのように成人では9割以上が抗体を持っているとされていますが、予防接種を行っただけだと抗体の量が少なく、腎移植後に再度感染を起こす場合もあるようです。腎臓だけでなく他の臓器移植後でもVZV感染症は8~12%に起こるとされています。予防はワクチンがありますが、腎移植後はこのワクチンを使えないため、移植前に抗体の量を調べておき、陰性の場合は勿論ですが、抗体が少ない場合も事前にワクチンを投与しておくことが重要です。
診断については、特有の水疱を形成する皮膚感染が必ず起こりますので、これが特徴となりますが、初期には皮膚科医でも診断が困難な場合があるので注意が必要です。皮疹は痛みを伴い、免疫反応で皮膚障害が起こるため、全身状態の良い場合や成人では水疱がひどくなる、という特徴があります。
治療は抗ウイルス薬の投与と、この場合もまた免疫抑制剤の投与調節が必要です。VZV感染が重症化して播種性帯状疱疹と呼ばれる状態(3分節以上の神経支配領域の広い範囲の皮疹や、多発性の全身発疹)になると、脳症を合併して生命に関わる状況になりますので、注意が必要です。VZV感染は成人になってからの初感染の場合に重症化しやすいという特徴があります。子供時代に水疱瘡に感染したことがある人の方が、ワクチン投与のみの人よりも帯状疱疹の発生率が低くなります。
講演では、実際の治療例の写真を用いて説明が行われました。播種性帯状疱疹の例として顔面と腹部に水痘が出現したケースでは、セルセプトを一時中止して全体的に免疫抑制剤を減量し、抗ウイルス薬の点滴、内服を行っていました。
質疑応答では、抗体陽性の場合の全身感染と、一部の神経支配領域だけに出現する帯状疱疹をどう区別して治療するかについて、また、治療中に水疱が破れて液が飛び散らないようにする必要があるため、ひどい時期には隔離管理を行う必要性があるかどうかについて質問がありました。回答として、全身状態が悪く無ければ入院しないで治療することも可能であり、入院の場合もしっかり皮膚を覆って管理すれば隔離の必要はないと説明されていました。

腎移植におけるHCV、HBV感染症(東京女子医科大学八千代医療センター 乾 政志先生)

B型肝炎ウイルス(HBV)陽性レシピエントでは、免疫抑制療法によるウイルスの再活性化が問題となります。HBs抗原陽性レシピエントは、現在は、活動性の肝炎がなければ、腎移植の適応となっており、抗HBV薬(ラミブジンなど)の導入後、移植後生存率が改善してきています。しかし、リツキサンを必要とするようなハイリスク腎移植は、移植後肝炎悪化の危険性が高く、難しいというのが会場全体の合意意見でした。一方、移植とともにドナーからHBVが持ち込まれる場合は、移植時から予防的に抗HBV薬を使用する対策を行います。
C型肝炎ウイルス(HCV)については移植前にどれだけ治療するかが問題で、肝臓内科医とも十分相談して移植時期を検討することが必要です。一般的には腎移植後のHCV増殖はゆっくりであるため、腎移植が不可能な場合は少ないようです。腎移植前にはHCVによる肝硬変の程度を正しく診断し、HCVが陽性の場合は腎移植後糖尿病の発生率が高くなるので、移植後はHCV遺伝子の検査をしながらステロイド中止や免疫抑制剤の変更を考慮していくべきです。HCVの治療薬として一般的に使われているインターフェロンの使用については、移植後は拒絶反応のリスクがあるので移植前の治療が望ましいということでした。
HCV陽性ドナーから陽性レシピエントへの移植は、ジェノタイプと呼ばれるウイルスの種類の問題があるものの、移植後の生存率には影響しないとされています。一方、移植腎生着率は陽性の場合にはやや低くなるとされています。その原因としては、拒絶反応やHCV関連腎炎、心血管合併症、その他の感染症が多くなるためとされています。東京女子医大の12年間の腎移植中、31例のHCV陽性レシピエントに対する腎移植(多くは献腎移植だそうです)を調べた結果では、腎移植成績は良好ですが、長期的には心血管、脳血管系の合併症で亡くなった方が数名いらっしゃいました。HBV、HCVの両者についての定期的な遺伝子測定や、画像、肝臓の腫瘍マーカーなどの定期的な検査による慎重な監視が重要であるとのことでした。

その他のウイルス感染症(BKV、EBV、HSV、HHV-6)(岡山大学 荒木元朗先生)

尿路上皮細胞に潜伏感染しているBKVは、腎移植後に免疫抑制強化を行うと、尿中のBKVが陽性になる場合が2割程度あるようですが、BKV腎症に発展する場合は少ないようです。ウイルス感染治療ガイドライン上は、尿細胞診(尿に含まれる細胞の顕微鏡検査で細胞の形態異常を検出する病理検査室での検査)とPCR(尿や血液に存在する微量のウイルス遺伝子を増幅させて調べる検査)が行われますが、PCRは日本では健康保険適応がありませんので、費用の問題があります。BKVは、健康な人でも尿路に潜伏しているウイルスなので、免疫抑制状態によって、移植後何年経過しても起こる可能性があります。治療薬は少なく、原則的には感染症が強くなれば免疫抑制剤の投与量を減量することが第一です。海外で使用されているシドフォビルや、免疫グロブリン大量療法は健康保険適応がなく、また前者には腎機能障害の危険性があります。
EBVは伝染性単核球症というリンパ節の病気で検出されるウイルスで、これも小児期から思春期に多くの人が感染しています。移植後免疫抑制状態で多くのウイルスが感染すると、リンパ球のうち、B細胞のアポトーシス(寿命が来たら自然に細胞が死ぬ反応)が障害され、B細胞が無秩序に増殖する状態となり、これを移植後リンパ組織増殖症(PTLD)と呼びます。PTLDは心臓移植、肺移植に多く、発熱、リンパ腫大、咽頭痛などの伝染性単核球症の症状に類似した状態となり、悪化すると悪性リンパ腫と同様の状況を呈してきます。治療の原則は免疫抑制剤の減量であり、疑われる臓器の生検で診断しますが、針での生検では診断困難なことが多く、米国の病院での治療例として、かなり大きな移植腎のPTLDで、移植腎を摘出したにも関わらず、針での生検では診断できず、腎自体の病理検査で確定診断したケースが具体的に紹介されていました。
ヒト単純ヘルペスウイルス(HSV)は、移植後早期(2~3週後)に起こることが多く、口唇、生殖器、肛門周囲に起こり、細かな潰瘍で痛みの強い粘膜病変が集まって出現します。こちらも移植前に抗体検査が可能ですが、治療薬があり軟膏や内服で免疫抑制剤の調整をしなくても治療できるケースが多いと考えられます。
ヒトヘルペスウイルス6型(HHV-6)は、突発性発疹の原因ウイルスで、小児器に初感染し、熱性痙攣や小児バラ疹の原因ウイルスとなります。移植後の感染では、脳炎を起こすことが問題で、腎移植後2ヶ月以内の発症が多いようです。診断は血液中で検出できない場合が多く、脳脊髄液の検査で行います。治療薬はHHV-6の種類によって抵抗性があるため使い分けを行います。

解説・文責:北海道大学 外科治療分野 腎泌尿器外科学 森田研先生