腎移植後に免疫抑制剤を中止する臨床研究に、ボストンにあるマサチューセッツ総合病院(MGH)で参加され、今年帰国した北海道大学病院 血液浄化部 助教 堀田記世彦先生が、市立釧路病院で講演してくださいました。その内容をレポートいたします。

釧路講演会

「腎移植後における免疫寛容の現状について」 移植後に免疫抑制剤を使用しない治療法のお話
(市立釧路病院 院内講演会 平成28年11月14日)

50年前に日本でも開始された腎移植は、最近では長期成績が安定し、90%を超える成功率(10年間の生着率)を収めています。50年前の「夢の治療」が現実になっているのですが、それでもまだ解決できていない問題があります。
それは、(1)有効な治療法がない慢性拒絶反応、(2)免疫抑制剤の副作用(高血圧、糖尿病、高脂血症、腎毒性など)、そして(3)移植後の発がんによる影響、などです。
特に、小児腎移植者においては免疫抑制剤の内服がうまくいかず、慢性拒絶反応、移植腎機能喪失に至ってしまう、ノンコンプライアンス(治療不全、服薬不全)の問題が相当な割合で起こります。
これらの問題を一気に解決する方法として、iPS細胞をはじめとする再生医療の実現や、「免疫寛容」といって免疫作用による腎臓への障害を起こらなくすることにより、免疫抑制剤を中止することができるようになれば、腎不全の方々にとって大変な福音となります。

この「免疫寛容」の定義は、「自己組織とドナー組織に対してだけ、免疫反応が起こらない代わりに、その他の外敵、異種組織に対してはきちんと免疫反応が残っている状態です。
腎移植に比較して、肝臓移植の世界では、この免疫寛容が30%ほどの方々に自然と備わるらしく、北海道大学病院の藤堂 省 名誉教授を中心とするグループで既に臨床研究が行われ、肝臓移植を受けた10人中、7人の方々が免疫寛容に成功し、薬の内服を中止できているそうです。
しかし、腎臓では同じ方法を行っても、免疫寛容は達成できませんでした。

また、マウスの実験で、免疫寛容の誘導が可能である数々の方法(ドナーから輸血を行う、組織適合性抗原に対する抗体治療を行う、リンパ球の副刺激経路という特殊なサインをブロックする方法など)は、サルや人間といった霊長類の腎移植ではうまくいきませんでした。
唯一、ドナーの骨髄をレシピエントに移植し、レシピエントとドナーの骨髄を共存させる状態(血液混合キメラ)を作り出すことで、免疫寛容が誘導できることがマサチューセッツ総合病院(MGH)の河合達郎先生らのグループにより示されました。

これは生まれつき血液混合キメラの状態を持っていた、フリーマーチンと呼ばれる子牛の研究が発端となり、免疫寛容の研究が進みました。血液混合キメラの状態にすることで、ドナーから移植された臓器だけが、レシピエントにとって自己組織と同じように拒絶されなくなる状態を作り出すことができるそうです。

2000年代前半から、MGHでは、腎移植を受ける前に放射線照射と抗リンパ球抗体を投与して、ドナーからの骨髄移植と同時に腎移植を行う方法を人で開始しました。この方法により移植を受けた方々は、免疫抑制剤を中止しても腎機能が良好であったばかりではなく、高脂血症、糖尿病、発がん、感染症が、免疫抑制剤を使った場合と比べて、ほぼゼロ、に抑えられたということです。これは驚くべき実績ですが、理論を考えると当たり前のことだそうです。つまり、自分とドナー以外への免疫は全く正常なので、外敵や癌から守る仕組みは障害なく働いているということになります。
またMGHの手法では血液混合キメラ状態は、腎移植後数週間の一定期間しか維持されず、その後はレシピエントの細胞だけになります。
キメラ状態を永続的に残す方法や、レシピエントの骨髄をドナーの骨髄で完全に置き換えてしまう方法(後者は白血病治療で行われる方法です)も米国では行われていますが、組織適合性抗原の完全一致が条件なので、ドナーが非常に選択しにくくなったり、GVHDの危険性がゼロにならないという問題点が残るようです。
MGHの方法は、それに比べて安全性が高く、移植後の治療も可能な現実的な方法と言えますので、日本での臨床研究開始が待ち望まれるところです。
※GVHD:移植片対宿主反応(病) 移植した臓器が宿主の細胞を攻撃して起こる免疫反応。
しかし、この方法では、移植を行ってしまってからでは達成することが困難でしたので、堀田先生はMGHで、移植後に、ドナーの骨髄を移植することで免疫寛容を達成し、免疫抑制剤を中止することができるやり方を、サルの腎移植で研究されているそうです。

なぜ、いったんは血液混合キメラ状態が起こるのに、それが消えてからも免疫学的寛容が継続され、薬を飲まなくても拒絶反応が起こらないのでしょうか? 大変不思議です。
メカニズムは複雑でまだ不明な点も多いですが、その一要因として、血液中に存在するリンパ球が、一時的なキメラの指示を記憶しており、再度ドナーの抗原を認識した際に、免疫を抑制する制御性T細胞に変化する現象が発見されました。
まるで、先生が居なくなってもその教えを忠実に守り続ける弟子のようなリンパ球が、この貴重な状態を維持してくれているという、人間臭い感じがする堀田先生のご講演でした。

これから、ぜひ日本でもこういった福音を、多くの方が享受できる時代になることを祈りつつ、堀田先生の大変わかりやすい講演に、会場からは拍手が響いておりました。