トップページ  >  移植コラム  >  ドクターコラム  >  「臓器移植法施行20周年を迎えて-臓器移植法成立への道程」<後編> 第53回 日本移植学会総会報告【1】

森田 研先生 コラム

2017年9月7日から旭川市で開催された第53回日本移植学会総会の特別企画として、日本の臓器移植が歩んできた道を振り返りつつ、現状の問題を提起する内容の講演が行われました。行政面、臓器提供、臓器移植関連学会の視点から、3名の講師によって行われた講演と質疑応答を、3回に分けてレポートいたします。

「臓器移植法施行20周年を迎えて-臓器移植法成立への道程」<中編>「臓器移植法における法的脳死に対する脳神経外科学会の取り組み」はこちらから


移植学会3


第53回 日本移植学会総会 20周年特別企画1
「臓器移植法施行20周年を迎えて-臓器移植法成立への道程」
座長:古川博之先生(旭川医科大学外科学講座 消化器病態外科学分野)


「グローバルスタンダードから40年遅れた日本の移植医療—ここから何を学び、患者をどう守るのか」
小柳仁先生(日本臓器移植関連学会協議会 代表世話人)東京女子医科大学 名誉教授

■移植医療の黎明期
移植医療にかける期待は、古くはケンタウロス(ギリシア神話に登場する半人半獣の種族の名前)の、動物と人間の合成のように、他人の体の一部を加えてでも健康を維持したいという欲求に現れています。移植医療の黎明期を、レオナルド・ダ・ヴィンチの人体解剖図、Alexis Carrelの血管吻合外科技術、DemkhovやShamwayなど、小柳先生がご専門とされてきた心臓移植関連の歴史を示して解説され、ご自身が心臓移植に道に進むことになった経緯をお話しされました。
我が国の心臓移植が、グローバルスタンダードから40年遅れる原因となった和田移植の問題点は、医学的検証が一切なされていないことだそうです。医学界が自らこの問題を検証するべきで、法律や裁判所に検証を任せるべきではなかったと強く述べられました。
それでも、遅れを取り戻すべく、1989年に現在の日本臓器移植ネットワークの元になった関東臓器移植ネットワークが設立されたことや、日本が世界をリードした人工心臓の開発と臨床に関わってきたご自身の半生をご紹介されました。
脳死臓器提供による移植を立法化するための脳死臨調(「臨時脳死及び臓器移植調査会」の通称。1990年首相の諮問機関として設置された。)では、参考人として意見を聞かれたのは梅原猛ら文化人が多く、医学・臨床家が含まれておらず、大変難航したことを振り返られました。梅原の言によれば、「美しい日本の私を考えるに、臓器移植は日本になじまない」という概念があるとのことで、こういった先入観との戦いであったそうです。日本ではそのような環境における科学者の発信力が弱いのかもしれません。医療の現場に専門家集団の統括力をもっと浸透させる必要があります。先進医療を必要とする患者さんには残された時間が少ないのだ、ということを日本ではもっと重視すべきであると主張されました。


■移植先進国 米国との比較
移植先進国の米国では、必要な医療である移植を推進するための大統領令に始まり、効果的に臓器提供を進めるための戦略研究、<中編>のご講演でも触れられたハーバード基準や、その関連州法など法律的なバックアップが早いため、臨床現場で法的・倫理的な問題が発生するときには、既に法律ができているという状況でした。日本はそれが全く逆となっています。日本の医療技術は優れており、制度が遅れていても移植成績そのものは欧米に比較しても良好ですが、待機患者がどんどん増加しているため、心臓移植希望患者さんでは、補助人工心臓をつけて1,000日を超えてしまう方が増えており、悲惨な状態です。
倫理問題や人権保護を考えるためのリベラルアーツと呼ばれる集団が、科学の発達のどの過程で参加するべきか、という論議がありますが、これが日本では遅いのです。可能な限り上流(研究段階、この技術が実用化されそうだという段階)で参加しないといけないそうです。

※ ハーバード基準:1968年にボストンで組織されたハーバード特別委員会により提唱された脳死の診断基準

ハーバード基準(1968)
・無感覚、無反応
・自発運動消失、無呼吸
・反射消失
・平坦脳波
少なくとも24時間前後に全てを繰り返し変化がないこと
低体温(32.2℃、90°華氏未満)や中枢神経系機能を抑制する薬剤投与例を除く


■これからの移植医療
キリスト教では、「臓器提供は愛の行為である」とローマ法王が言っています。宗教的には臓器移植に否定的な意見が多い我が国でも、世論調査で国民の43%は、「臓器提供したい」と答えています。いまは、大変重要な時期かもしれないと述べておられました。
小柳先生は現在、日本臓器移植関連学会協議会を統括されており、医学会はもちろん移植医療に関係するすべての学術団体が一堂に会して現状の問題点を論議する会を定期的に開催しています。この協議会のルールは、決議はせず、十分な論議の元、全員一致で提言を行う、ということだそうです。そこでは、提供側、移植側双方の問題点や制度、仕組みの改善点を検討する各種委員会が毎回進捗状況を報告しており、改善方法を直接行政の担当者に諮問することができます。最初の講演者である厚生労働省の移植医療対策推進室もこの会議に参加しています。最近論議されていることは
・臓器移植施設に対する支援事業の具体策
・移植医療には欠かせない職種である移植コーディネーターの資格問題
・小中学校で初期教育として行われる「いのちの授業」について
・日本人の死生観を考える試み
などです。

最後に、代表的な言葉をお示しになり、講演を締めくくられました。「どうやって死を迎えるか。死は避けられないが、悪い死は避けられる。」
そして、ご自身のライフワークを振り返り、チャーチルの言葉を引用して、今後の課題を見据えました。
「今は終わりではない。これは終わりの始まりですらない。たぶん、始まりの部分が終わったということだ。(Now this is not the end. It is not even the beginning of the end. But it is, perhaps, the end of the beginning.)」(ウインストン・チャーチル)。


講演の最後に、2つ目<中編>のご講演をされた小笠原先生からの質問がありました。
「現場の脳神経外科医は、臓器が足りないということを実感として知らない。どうすれば現場の医師にそれを伝えることができるか。救命救急の多忙な現場で、提供の仕事がいかに崇高な仕事であるか、ということを実感できるようにするためにはどうしたらいいか。」
会場で聴講した全員に突きつけられた問題でした。


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