2017年9月7日から旭川市で開催された第53回日本移植学会総会の特別企画として、日本の臓器移植が歩んできた道を振り返りつつ、現状の問題を提起する内容の講演が行われました。行政面、臓器提供、臓器移植関連学会の視点から、3名の講師によって行われた講演と質疑応答を、3回に分けてレポートいたします。

「臓器移植法施行20周年を迎えて-臓器移植法成立への道程」<前編>「我が国における臓器移植の現状と課題」はこちらから

第53回 日本移植学会総会 20周年特別企画1
「臓器移植法施行20周年を迎えて-臓器移植法成立への道程」
座長:古川博之先生(旭川医科大学外科学講座 消化器病態外科学分野)

「臓器移植法における法的脳死に対する脳神経外科学会の取り組み」
小笠原邦昭先生(岩手医科大学 脳神経外科)日本脳神経外科学会 脳死検討委員会

講演の冒頭、小笠原先生は、私見であることを断った上で、1968に米国で、心臓死ではなく脳死となった人から臓器を提供するために作られた「ハーバード基準」※1について、麻酔科医のHenry K. Beecherが当時述べたように、臓器提供するために死の定義を変えなければならないことを、我が国でも政府がはっきり認めて宣言すべきだということを述べられました。

※1 ハーバード基準:1968年にボストンで組織されたハーバード特別委員会により提唱された脳死の診断基準

ハーバード基準(1968)
・無感覚、無反応
・自発運動消失、無呼吸
・反射消失
・平坦脳波
少なくとも24時間前後に全てを繰り返し変化がないこと
低体温(32.2℃、90°華氏未満)や中枢神経系機能を抑制する薬剤投与例を除く

ハーバード基準を提唱した、Henry K. Beecher委員長は「新しい死の基準を提案した理由は移植のために生きた状態の臓器を獲得しやすくすることにあったことを認め、どのレベルで死と呼ぶのかは科学的というより社会的な選択の問題であるのだから、脳は死んでいるが他の臓器はまだ使える段階を死とみなすことがもっともよい。」と述べています。
その上で、脳神経外科学会の公式な主張として、日本でハーバード基準にならって作られた「竹内基準」※2は、脳死診断のための基準であり、移植のためではないということを強調されました。移植のために定めた脳死判定基準が、脳外科の脳死の通常診療に影響を与えることがあってはならない、という意見です。また、現場の常識とかけ離れたマスコミ報道がなされることによる影響の大きさを、柳田邦夫のNHKスペシャルで提起された低体温療法の問題で示しました。そして日常診療を妨げることがないように、という条件付きで脳死臓器提供に協力する姿勢を明確にしました。

※2 竹内基準:1985年、竹内一夫・杏林大学脳神経外科教授を座長とする厚生省研究班が発表した脳死判定基準。
参考)脳死判定基準(公社)日本臓器移植ネットワークHP


■脳死臓器提供現場の現状
救急現場で日夜業務を行なっている脳神経外科学会員へのアンケートで、脳死臓器提供における問題点を聴取したところ、成人と臨床的に条件が異なる小児臓器提供における体制整備の遅れ、脳死判定作業における現場負担、提供施設への時間的負担、があげられました。ひとたび脳死臓器提供があると、脳神経外科の通常業務が最低2日間以上できなくなるそうです。ある機関の調査では、平均9日間、主治医が提供作業に忙殺されたとするデータがあるそうです。そのため、臓器提供を希望する方が脳死とされうる状態になった時点で、第三者が派遣され提供手続きの主体となるのが望ましいのではないか、ということです。


■脳神経外科学会の取り組み
現状、脳死臓器提供をする希望があるかどうかを主治医が尋ねるオプション提示は、主治医の努力で最低限何とかやっているものの、欧米並みの臓器供給を行うためには提供施設の業務負担を減らし、脳死判定の技術的支援を行っていくことが必要です。今後、脳波の測定や脳幹反射の検査、環境整備などについて7支部ごとに講習会などを行なっていく方針で、脳神経外科学会の全支部に脳死判定検討委員会が設置されているそうです。
また、各施設が具体的にどう動くべきなのかについては、脳死判定・臓器提供のマニュアルが必要なので、基準や定義を細かく決めていく組織を脳神経外科学会で構築しています。昨年の日本脳神経外科学会総会でも、臓器提供関連シンポジウムを開催しており、今後、毎年行なっていくそうです。
臓器提供には法的な問題も絡み、政府の通達や公式文書に使われる用語には、医学や病院で使われる用語とは異なる特殊性があります。1つ目<前編>の講演に出てくる「5類型 (日本臓器移植ネットワークHPにリンクします)」と呼ばれる医療施設の規定を現場の状況に合わせた表現で修正したり、厚生労働省からの文書には、脳神経外科学会で文言の説明を追加したりして配布しています。スライドで実際の政府通達文書の例が供覧されましたが、確かに何を言っているのかわかりにくく、簡素化すべき作業ステップがまだまだ多いことがわかりました。
最後に、再度、小笠原先生の私見と断った上で、日本における臓器提供数が世界に類をみない少なさである原因として、工藤直志の論文を引用し、やはり宗教的な背景があるのではないかと述べられました。


次回、「臓器移植法施行20周年を迎えて-臓器移植法成立への道程」<後編>「グローバルスタンダードから40年遅れた日本の移植医療—ここから何を学び、患者をどう守るのか」をお届けします。