トップページ  >  インタビュー  >  レシピエントインタビュー  >  田村 恵子さん

レシピエントインタビュー

田村 恵子さん
移植種類: 生体腎移植
お名前: 田村 恵子さん
ドナー: お母様
移植後: 約2年(取材時)
病院: 自治医科大学附属病院
ドクター: 木村 貴明 先生
取材日: 2013/09/25

自治医科大学附属病院レシピエントインタビュー

ダイヤモンドより輝く贈り物

自治医科大学附属病院 レシピエントインタビュー第4 回目は、約2 年前にお母様がドナーとなり、生体腎移植を受けられた、田村恵子さんです。ドナーとなられたお母様から、ダウン症でも腎移植が可能だと知り移植に臨まれた時のお話や、移植後、おいしい食事やウォーキングを楽しんでいる現在の様子をお聞きすることができました。

Tamura history
        

移植医療との出会い

移植手術を受けられるまではどのような状況でしたか。

田村さん(お母様・ドナー)
娘は2005年に施設の健康診断で蛋白尿と潜血を指摘されました。翌年2006 年にも同じ指摘をいただき、「ダウン症のお子さんは腎臓が悪くなる方もいるので、泌尿器科を受診されてはいかがですか?」と言われたのですが、その時は受診をしませんでした。
その後、今から思えば尿毒症の症状だったと思うのですが、嘔吐が多くなり、総合病院を受診したところ、すぐに入院となりました。2カ月ほど入院し、退院後はステロイドの服用や食事療法を続けていましたが、4 年後の2010 年には血液透析導入となりました。

移植医療を知ったのはどのようなきっかけだったのでしょうか。

田村さん
移植医療に関しては新聞などで知っていましたが、娘が移植を受けられるとは思っていませんでした。そんな中、2008 年11月に栃木県の「臓器移植、医療を考える」というシンポジウムを拝聴した際、東京からいらっしゃった移植コーディネーターの方に、ダウン症のお子さんで移植をされた方がいるというお話をお聞きし、もしかしたら娘も移植が可能かもしれない、と思いました。その時の移植コーディネーターの方のお話で、未来への希望と勇気をもらったことを覚えています。


移植手術に向けての決意

移植を選択された一番の理由は何でしょうか。

田村さん
娘の透析中はいつも付き添っていたのですが、穿刺をする時などにはとても騒ぐこともあり、私と主人の年齢を考えても、この先も透析を受けさせるのには不安がありました。なんとか透析から開放してあげたいと思い移植を選択することにしました。

ドナーになることに不安はありませんでしたか。

田村さん
移植後、万が一自分も健康な状態ではなくなり、娘の面倒を見ながら病院に通う事になったら、と心配しておりましたが、先生や看護師さんから、ドナーになる方が移植後も健康であるということが大前提であり、移植後はレシピエント、ドナー共に元気に生活していけるというお話をお聞きし、安心しました。
また、知り合いの方で移植手術を受けて元気に生活していらっしゃるという方のお話や、身内からも後押しされ、自分が元気なうちに移植手術をしようと決心しました。

先生、ダウン症の患者さんでは移植手術に際して通常と異なる点はありますか。

先生と田村さん

木村先生
移植に際し、手術の技術的な面や免疫学的な面では違いはありません。ただ、患者さんにもよりますが、移植後の管理には留意が必要だと思います。田村さんの場合も、万が一勝手に管を抜いたりしたら大変なので、入院中は部屋のドアを開けておき、常に目が届くように対応していました。でも田村さんは一人でも大変しっかりされておりましたので、入院経過も問題はありませんでしたね。

田村さん
娘は手術後、体に繋がっている管が邪魔だと騒いではおりましたが、管を抜いたりすることはありませんでしたね。

お気に入り記事に登録

1   2   3   次へ >>

レシピエントインタビュー【親子間】