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レシピエントインタビュー

築田重美さん
移植種類: 献腎移植
お名前: 築田重美さん
ドナー: 献腎ドナー
移植後: 数年(取材時)
病院: 名古屋第二赤十字病院
ドクター: 平光高久先生、山本貴之先生
取材日: 2014/02/25

名古屋第二赤十字病院レシピエントインタビュー 第二弾

6度目の機会

名古屋第二赤十字病院レシピエントインタビュー第3回目は、数年前に献腎移植手術を受けられた築田重美さんです。築田さんは高校2年生の時に透析導入となり、その後、約29年間の透析治療を経て、献腎移植手術を受けられました。
自己管理を徹底しながら透析治療を受けていたころや、6回目の連絡で移植手術を受けた時のお話、そして移植後、忙しく充実した生活を送っていらっしゃる現在の様子などをお聞きすることができました。

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高校2年生の夏

腎不全と診断される前後から移植を受けるまでの経過について聞かせてください。

幼いころの築田さん

築田さん
10歳の時に慢性腎不全と診断されたのですが、それまでは普通に学校に通っていました。子どものころのことなのでよく覚えていませんが、両親は、「そういえば、腎不全と診断される1年前くらいから、だるそうな様子だった」と言っていました。もともと活発な方ではなかったので、自覚症状はあまりなく、腎不全と診断されたことは、親の方がショックだったようです。小~中学校では体育が見学になったこと、運動を禁止されたこと、月1回、病院へ行くために学校を早退して、母親と渋谷まで通ったことなどを覚えています。
高校入試で病状を悪化させ、高校2年生の夏に透析導入となってからは、夜間透析をしながら学校に通い、大学に進学しました。
大学卒業時には、希望の会社に就職することができなかったので、大学院に進学し、図書館や塾講師のアルバイトをしながら研究生活を送りました。28歳の時、現在の主人と暮らすようになり、昼間の透析に変更しました。最も忙しかった時は、昼間に透析を受けた後に塾の仕事をし、透析のない日は短大の非常勤として働き、休みの日には家事をしつつ論文を書くという生活でした。
40歳の時に、主人と入籍して岐阜に転居しました。家事の傍ら、塾講師を続けているうちに、移植の連絡をいただくようになり、6回目の連絡をいただいた時に移植手術を受けました。

献腎移植に関しての情報や知識は、いつ、どのようにして知ったのでしょうか。

築田さん
透析導入以前から、腎移植の話は聞いていました。母からは、「言うことを聞かないと、病気が悪化して透析になって、大変な思いをするよ」と脅されましたが、「透析はあくまでも対症療法で、根治療法は移植しかない」ということも聞いていたので、「だったら、早く移植ができるくらい状態が悪くなった方がいい」と言って、大変怒られた記憶があります。
透析導入が具体的になった時には、当時診てもらっていた先生からも、移植についてのお話がありました。でも1980年代当時は、移植手術は現在のように一般的なものではありませんでした。


献腎移植希望の登録へ

献腎移植希望の登録をされたのはいつごろですか。

築田さん
透析導入後、すぐに母親が、「私の腎臓をあげるよ」と言ってくれたのですが、当時は、「血液型が合わない時点で移植は不可能」とされていたので、すぐに献腎移植希望の登録をしました。

山本先生、血液型不適合移植が可能になったのは何年ごろですか。

山本先生
1998年くらいですね。血液型不適合の移植自体が世界的に実現可能になってきたのを受けて、当院でも開始しました。

待機期間中は、特に意識して気を付けていたことはありますか。

築田さん
「献腎移植が受けられる確率は非常に低い」と聞いていましたので、移植の連絡をいただく前は、「いつ来るか分からないチャンスのために、現在の時間を費やすのは精神的にもきつい」と思い、今できること、したいこと、しなくてはならないことを優先して生活していました。ですので、移植に向けた準備や注意などは、ほとんどしていませんでしたね。
ただ、透析生活上の体調管理にはできるだけ努めていました。1日おきの透析で、体調を整えて生活しないといけませんでしたので、水分制限などはきちんと行っていました。他の患者さんに比べれば、子どものころから生活に制約があったので、水分や食事の制限などには慣れていました。「何かを食べてはいけない」と言われても、「何も食べないわけにはいかないのだから、要するにたくさん食べなければいいのね」という感じで、臨機応変に対応していました。
また、透析との相性も良かったのだと思います。透析導入した最初のころは、シャントのトラブルが立て続けにありましたが、その後は割と安定していました。透析導入後、5年くらい過ぎると、動くコツも分かってきて、それなりに汗をかくこともできるようになっていました。


山本先生
築田さんのように、透析の管理がしっかりしていた方というのは、移植後の体重管理や服薬管理もきちんとできる方が多いですね。


透析中の様子


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レシピエントインタビュー【献腎移植】