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吉開 俊一先生 コラム

国家公務員共済組合連合会 新小倉病院 脳神経外科部長 吉開俊一先生


 新小倉病院 脳神経外科部長 吉開先生に、臓器提供側である脳外科医から見た移植医療、臓器提供の現場でのお話をいただくシリーズ。第3回目の今回は「ドナーカード所持確認とオプション提示についての諸問題」に関してお話を頂きました。吉開先生は、2013年5月に文芸社より発売された 『移植医療 -臓器提供の真実-』 の著者でもいらっしゃいます。


~シリーズ 脳外科医から見た臓器提供(掲載予定内容)~
第1回 移植医療を混乱させた脳死
第2回 脳死下と心停止下 臓器提供方法の相違
第3回 ドナーカード所持確認とオプション提示についての諸問題(今回)
第4回 国民の誤解を如何に解くか そして将来の展望は



脳外科医から見た臓器提供 第3回「ドナーカード所持確認とオプション提示についての諸問題」

  

はじめに

 世間の多くの方々は、危篤状態のご本人が臓器提供承諾のドナーカード(臓器提供意思表示カード)を持っていれば、提供への手順は自動的に進むと思っていますが、それは全くの誤解です。
 世界各国の人口100万人当たりの臓器提供者数を比較しますと、第1位はスペインの34名で、欧米各国は15~25名程度、お隣の韓国でも5名以上ですが、日本はなんと0.8名程度と世界最低レベルです。
 臓器を提供して人の役に立ちたいと願う方々、提供される臓器を移植して欲しい方々、そしてその間を結ぶ法律や組織の整備。この三者の社会構造が確立しているのに、日本ではなぜ臓器移植数が圧倒的に少ないのでしょうか。
 米国では、ドナーカードの制度は無く、ご家族への聞き取り(オプション提示)だけで臓器提供は行われます。米国では「脳死は人の死」の概念や制度が確立していますので、患者が脳死状態と判明すればそこで治療は終了し、治療器具や薬剤などは全て外されます。そして、外す前に臓器を提供するか否か尋ねるだけですから、尋ねる側の負担は比較的軽くて済みます。
 一方日本では、脳死状態であっても、臓器提供をしない限り治療手段は続けられますので、臓器提供が少ないこともある程度納得できます。しかし、日本で臓器提供数が圧倒的に少ない理由は、他に明確に存在します。それは、救急病院側(主に脳神経外科医師と救急救命科医師)が、危篤状態の患者のカード所持確認やオプション提示を嫌い、避け、あるいは無視するからです。そして、そこには多くの理由と問題が横たわっています。


カード所持確認とオプション提示の基本事項

 まず、カード所持確認とオプション提示の根本的な相違点を説明します。
 現在、臓器提供意思の表示には、専用ドナーカード・免許証裏面・健康保険証裏面・インターネットで得られる登録証の4種類があります。これらカード類の所持を確認するのは、特に瀕死の状態でなくとも構いません。つまり通常の外来受診や入院の際に、病歴用紙に「ドナーカード類を持っていますか?」の項目を載せるだけでも良いのです。
 しかし、ここにも問題があります。例えば、癌などの悪性疾患でご入院の方にこの質問をすれば、ご本人やご家族が何らかの誤解をする可能性があり、尋ねる方が気を遣うこともあります。
 一方、オプション提示は、患者ご本人が危篤状態になった時に、ご家族に対してカード所持確認と共に行います。これには口頭、書面いずれの方法もあります。しかし、オプション提示を、誰がどの段階で誰に向かってどの様に行うか、決められた手順はありません。施設や医師毎の判断に沿って行われています。
 カード所持確認とオプション提示の文言は、「ご本人はドナーカードを持っていらっしゃいますか?ご本人やご家族の皆様方は、臓器提供をどの様にお考えでしょうか?」と至って簡単です。 そしてご家族がカードを提示したり、提供についての説明を聞きたいと返事をすれば、県やネットワークの移植コーディネーターにその旨を連絡をするのみです。医師や病院側が承諾書を得るのではありません。臓器提供の正式な説明と承諾書の作成などは全てコーディネーターが行い、病院の業務とは無関係です。ところが世間では、このオプション提示で始まる臓器提供のプロセスに、多くの懸念やあらぬ疑いがかけられています。それら(私が実際に見聞きしたもの、新聞やWeb記事に載ったもの)を以下に列挙します。


◎医師が発信する主観的な異論と偏見

・臓器提供は救急医療の敗北である。
・オプション提示は、担当医が救命を諦めたとの宣言である。
・移植はハイエナ・ハゲタカ治療である。
・我が病院には「死体に貸す手術室」はない。
・移植医療は、治療の手のひらを返すことである。
・医師である自分自身は脳死を人の死と思わない。だから臓器提供に関与したくない。


◎医師が発信する過度の懸念

・オプション提示で、ご家族との信頼を損ない、亀裂が生じる。
・この病院では臓器を奪われてしまうと、家族が周囲に言いふらす。
・オプション提示をして家族が同意すると、主治医は「余計な仕事」を背負い込むことになる。これ以上、忙しくなりたくない。
・医師がオプション提示すると、家族がその勢いに引きずられ、本意ではない提供に承諾する。
・脳死状態と思ってオプション提示をしても、判定の結果、脳死ではなかったら、恥をかくし信頼を損なう。
・自分が担当する臓器提供者は亡くなり、どこかで移植を受けて元気になる方は知りようがない。これではやる気が薄れる。
・臓器提供に関わると、通常業務に支障が及ぶ。
・医師がわざわざオプション提示をする必要はない。臓器を提供したいならば、家族の方から病院側へ告げるべきだ。
・臓器提供に関わると、メディアのバッシングなどトラブルに巻き込まれやすい。積極的には関与、荷担したくない。


◎一般人、メディアが発する医療不信

・オプション提示は、ご家族に臓器提供を勧め、依頼し、促し、唆(そそのか)し、迫り、急かし、強制することである。
・オプション提示は、臓器をいただくために行う。
・臓器を欲しいがために、救命治療の手を抜いている。


◎医療従事者を含む一般人、メディアが発する誤解・過度の懸念

・臓器提供は残酷で可哀想である。
・医師は、患者が生きている間に死ぬ話をしても良いのか。
・臓器提供に同意した家族が、後で後悔するかも知れない。


 いかがでしょうか。ドナーカードや提供の意思の有無を尋ねるだけなのに、なぜこれほどまでに責められるのでしょうか。読者の皆様方は、改めてカード所持確認とオプション提示の是非問題の根深さを感じられたと思います。


オプション提示までの大前提

 上記の多くの問題の中から、本稿では、オプション提示を行うまでの大前提のみを解説します。なお、 拙書「移植医療 臓器提供の真実 -臓器提供では、強いられ急かされバラバラにされるのか-」では、上に列挙しました多くの問題について解説しています(第四章 ドナーカード所持確認の意義、第五章 臓器提供のオプション提示の実際、第六章 臓器提供のオプション提示を定着させるための課題、第十四章 現役医師らの考えと啓発)。ぜひそちらも参考にしてください。
 私は、脳神経外科の専門医で、普段、脳血管障害や頭部外傷などの救急医療に従事しています。土日も夜昼の区別も無くいつでも病院へ出勤し、重症救急患者を診療し、時には半日以上もかかる緊急の脳手術を行います。患者の命や人生を救うため、突然深夜2~3時に脳の深部に入り込む顕微鏡手術を行い、数ミリ単位の緻密な手術操作を行います。午前9時から翌朝午前6時までの徹夜手術を行ったこともあります。自分の知力と体力の全てを尽くして目の前の一人を救いたい、その一心です。
 しかしそれでも、治療の甲斐無くお亡くなりになる方がいます。人の死を100% 避けることはできません。重症の脳の病気やケガで、発症後わずか数日から数週間でお亡くなりになる場合は、殆ど脳死状態を経ます。その状態では、体はピクとも動かない深昏睡状態で、瞳孔が開ききって、眼が動かず瞬きもせず、顔も口も動かず、咳もせず自分では呼吸も出来ません(人工呼吸器が息を吹き込んでいます)。この際、脳は頭蓋骨の中でパンパンに腫れ上がるために、血流がその圧に負けて脳へ入り込めなくなります。脳が腫れた上に血流が途絶する、これが典型的な脳死状態です。そして脳死状態に至る少し前に、もはや脳死への進行を避けられなくなる事も、脳神経外科の専門医ならば分かります。上記の項目の中で、例えまだ自発呼吸がごくわずか残っていても、CT検査で脳がパンパンに腫れ上 がっていれば、いずれ呼吸が止まり、人工呼吸器を装着してもいずれ心臓が止まって死が訪れます。この段階で、ご本人は死を避けられない危篤状態にあると説明すれば、ご家族は十分に納得されます。また、ご家族が病状を納得し、ご本人の危篤状態を受け入れるまで、主治医は説明をする必要があるのです。

 治療の手段を尽くしたものの、死を避けられない事をご家族・親族全員が十分に納得された後に、カード確認やオプション提示を行います。
 つまり、まだ救命・回復の手段や希望が残っている状態で、臓器提供の件を切り出すことは絶対にありません。「まだ頑張りましょう。望みはまだ残っています。治療に全力を尽くします。ところで臓器提供はどうされますか?」このような矛盾した言葉を発するはずはありません。
 ところが、部外者・第三者は、「臓器欲しさに治療の手を抜いている、家族を説き伏せ、誘導し、迫り、唆す」と言いたい放題です。脳の専門医が脳の治療をする際には信用するのに、危篤状態や死の説明の後のオプション提示には疑いの目で見る。医療不信もここまで極まったか、私はそのように思います。

 救急側の医師は、臓器を欲する立場にはありません。ただ、もしご本人やご家族に臓器提供の意思があれば、 どこかで移植医療を心待ちにしている数人の方々を救えます。移植希望者を救うのは臓器提供者であり、救命側の医師はその思いを実現化する手順の第一項に関わるだけです。ところが救急側の医師が、敗北・余計な仕事・恥をかくなどの狭量な考えで「ある割合(計算上はおそらく5割程度)で必ず存在する提供意思」を闇に葬り去るならば、それは医療者としては絶対に許されないことです。

 次回は最終回。移植医療に関する法律とメディアの問題、そして国民の誤解を如何に解くかを考えます。

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