移植手術に向けて

吉田先生からはどのようなお話があったのでしょうか。

中西さん
先生からは具体的な図を用いて、手術の方法や、術前・術後の治療などについて詳しい説明をしていただきました。また、私と主人は血液型が違うため、血液型不適合移植の際に行う治療に関しても詳しくお伺いし、二人ともよく理解できましたので、多少の不安はありましたが、吉田先生を強く信頼し、手術を受ける意志が固まりました。


吉田先生
血液型不適合移植を受ける方に、「昔は、血液型が違うと移植ができなかったのですよ」ということをお話すると、「今は移植を受けるには、いい時代になったのですね」とおっしゃる方が多いですね。


中西さん
加えて、「あまり高齢になると移植が難しくなる」というお話もありましたので、当時、67歳だった私たち夫婦には、ちょうどいいタイミングだったのだと思います。

先生からのお話で、特に印象に残っていらっしゃることはありますか。

中西さん
術前検査の後、「ご主人とはHLA※ が二つだけ違いますが、大丈夫でしょう」と言われたことがうれしく、とても印象に残っていますね。

※ HLA(Human Leukocyte Antigen):日本語では、「ヒト白血球抗原」といい、両親から遺伝的に受け継がれる白血球の型のこと。HLAは一対となっており、両親からその半分ずつを受け継ぐため、子供同士では4つの組み合わせがあり、兄弟姉妹間では4分の1の確率でHLA型がすべて一致する。しかし、他人同士でHLAの型がすべて一致する確率は、数百人から数万人に1人となり、極めて低い。


吉田先生
夫婦間移植の場合、HLAは全部違うことがほとんどです。6分の4も合っていたというのは、何百年も前の先祖が一緒だったのかもしれないですね(笑)。

その後、手術前の数カ月間は透析を受けられたとのことですが、透析治療は順調でしたか。

中西さん
周りの人からは、透析導入すれば楽になるというような、いい話ばかりを聞いていましたが、実際に受けてみると、私にとってはかなりしんどいものでした。透析の後に迎えに来てもらうと、転がるように車に乗り込み、後はもう何もできないような状態でした。次の日は平気でしたが、「明日はまた透析に行き、しんどい思いをしなくてはいけないのか…」と思っていましたね。頭痛は起こるし、足はつるし、つった後はかゆみが出てきてもぞもぞしたり、全身の肌が荒れたりしました。「他の人は、どうしてあのようなつらい治療を長年続けていられるのだろうか」と思っていました。
水分・塩分・タンパク質・カリウム制限など、食事には十分気を付け、透析食のお取り寄せもするなど、いろいろな面に気遣って生活はしていましたが、脚はよくつり、むくみで象の脚のようになってしまっていたので、本当につらかったです。

透析患者さんの中には、水分摂取に気を付けていても、むくみの症状がひどい患者さんもいらっしゃるのでしょうか。

吉田先生

吉田先生
透析患者さんの体調に関しては個人差があると思います。女性で、年齢が高めの方は、脚の血の巡りが悪かったり、脚の静脈瘤が多かったりするので、 それに透析が重なると、普通の人よりも脚がむくんでしまうことはあります。
また、透析歴が長くなってくると、皆さんそれなりに体調に影響が出てきます。 透析患者さんの体力が落ちるスピードは、普通の人が加齢によって落ちるものとは、雲泥の差があります。透析は、無理して体の水を抜いて、毒素を取り除いているだけですので、内分泌の働きなどに関しては、補完できないのです。


長い入院を乗り越えて

そして、移植手術の日を迎えられ、 無事に手術を終えられたわけですが、その時の心境を教えてください。

中西さん
麻酔がまだ切れていない時に、先生と娘から、「成功したよ、ゆっくり休んでください」と言われ、「ありがとうございました」と返事をしました。大勢の先生や、スタッフの方たちに囲まれて、感謝の気持でいっぱいでした。

術後の経過は順調でしたか。

中西さん
私の場合は少し大変でしたね。1週間、絶対安静でした。その時は、夜間も先生方が交代で診てくださいました。 先生の目が充血していらっしゃったので、「寝ていないのだろうな」と思いました。看護師さんもしょっちゅう病室に来てくださいました。


吉田先生
同じ手術でも、若い方と高齢の方とでは、体への負担のかかり具合が違います。多くの方は術後順調に回復していきますが、中には少し大変な方もいらっしゃいます。


中西さん
手術後は体に6本の管が入っていて、すべて抜いていただくまでに、 かなり時間がかかりました。その後、サイトメガロウイルスに感染したため、結局退院までに2カ月かかりました。


米田先生
中西さんがサイトメガロウイルスに感染した時は、抗ウイルス剤が通常の量では効かなかったので、投与量を増やしましたね。


中西さん
夜中や朝早くから、腕や脚など、いろいろな所からたくさんの点滴を打ちました。今でも点滴の夢を見ることがありますね(笑)。

先生、移植後、サイトメガロウイルスに感染する人はどのくらいいらっしゃるのでしょうか。

吉田先生
血液検査で感染が判明する人は10パーセント程度です。発熱などの症状が出る人はあまりいません。サイトメガロウイルスは8割くらいの人は、小さいころに知らない間に感染して、抗体を持っています。弱いウイルスなのですが、 レシピエントは免疫抑制剤で体の抵抗力が弱くなっているので、ウイルスが再活性化し、発症してしまうのです。中西さんも、もともとサイトメガロウイルス抗体陽性でした。


中西さん
2カ月間も入院していたのですが、血液検査で感染の数値がゼロになった途端に、「中西さん、明日帰ってもいいよ」と言われ、びっくりしましたね(笑)。


吉田先生
腎臓自体には問題が無く、中西さん自身は自覚症状も無かったと思うので、長期間の入院は退屈だったと思います。


中西さん
そうですね。ノートを1冊作って、新聞の切り抜きをしたり、お料理のレシピを書いたりと、いろいろなことをしていました。ボケないように努力していましたね(笑)。でも、先生方や看護師さんなどのスタッフの皆さんが、とてもアットホームな雰囲気で良くしてくださったので、長期間の入院も苦にならず、あっという間でした。