明るくなった景色

そして、移植手術を無事に終えられたわけですが、手術を終えた時の心境を教えてください。

桜井さん
手術前にいろいろな方から、「手術後の方が大変だ」と言われていたので、「何が待ち受けているのだろう・・・」と少し心配でしたが、手術後は、「曇り空だったのに、太陽が差してぽかぽかしたような気持ちだな」と思いながら過ごしていました。

「移植後の方が大変だ」というお話は、どなたから聞いていたのですか。

桜井さん
虎の子会(虎の門病院分院の患者会)の方が、手術前に一度、お話をしに来てくださったのです。

「曇り空だったのに、太陽が差したような気持ち」というのはどのようなお気持ちだったのですか。

桜井さん
なんというのでしょうか。うまく言えないのですが、周りが晴れて見えましたね。病院が明るくなった感じです。

手術後の経過はどうでしたか。

桜井さん
術後1カ月で退院して、その次の日に、いとこの結婚式に出席しました。「蓄尿するように」と言われていたので、式場でトイレに行くたびに容器を持っていきました(笑)。ただ退院直後でしたので、さすがに疲れてヘロヘロになってしまいましたね。
その後、退院20日後の9月の腎生検で拒絶反応が発覚し、3日間入院しました。翌年2011年の8月には、サイトメガロウイルス感染で2週間入院しました。

サイトメガロウイルスに感染した時には、どのような症状がありましたか。

桜井さん
立っていることができず、とてもきつかったです。おなかにきてしまったので、水以外は口から食べることができず、入院した時も1週間くらい絶食で、点滴を打っていました。入院するまでは本当にきつかったのですが、入院後は楽になりました。

先生、サイトメガロウイルス感染の場合、皆さん同じような症状が出るのでしょうか。

丸井先生
サイトメガロウイルスの血液検査、アンチゲネミア法で陽性になる人は、移植された方の半分ぐらいいると思います。そのうち症状が出ている人は3割くらいでしょうか。一時期多かったのですが、最近はちょっと少なくなった印象があります。理由としては恐らく、免疫抑制剤の服用量を少なめにしていることがあると思います。
それから、今後の展望としては、ある免疫抑制剤が、サイトメガロウイルスの増殖も抑える可能性があるということが分かってきていますので、ドナーのサイトメガロウイルスの抗体が陽性、レシピエントが陰性という場合は、手術をして2週間目からその免疫抑制剤の投与を開始することで、サイトメガロウイルスは出にくくなると思います。現在のところ、当院でも2人の患者さんに対して行っているのですが、2人ともウイルスは出ていません。

桜井さんは、術後は普通に3週間ぐらいで退院されたということだったのですが、こちらの病院での一般的な入院スケジュールについて教えてください。

丸井先生

丸井先生
当院では、術前の検査を、ドナーもレシピエントも入院で行っています。月曜日に入院して金曜日に退院です。透析を受けている方は、透析が検査時間に引っかかることがあるので、少し伸びることもありますが、そういう人でもできるだけ5日間で終わるようにしています。なお、一部の検査は虎の門病院本院でないとできないものもありますので、検査入院中に本院までバス便で行ってもらい、検査をしてきてもらっています。
手術前の入院に関しては、レシピエントは、ABO血液型適合の場合は、手術の7日前に、不適合の場合は、15日前に入院してもらいます。ドナーは、手術の2日前に入院をしていただきます。毎月の手術日としては、第2・第4 の水曜日を生体腎移植の日として予定しています。
手術後は、レシピエントは、2週間後に傷口のステープルを抜鈎(ばっこう)、そして3週目ぐらいまでに外泊をしてみて、家での生活で問題なさそうであれば、4週目くらいに退院となります。それまでに尿量が落ち着いてきて、血圧、尿量、飲水量、体温や体重などの測定と記録、薬の管理を自分で行い、毎日の記録を付けられるようになるのが退院の条件です。 ドナーの場合はだいたい1週間ぐらいで退院できるのですが、「迎えの人が土日でないと来られないんです」と言って、土曜か日曜日の術後10日くらいに退院される方が多いですね。

レシピエントの血圧、体重、飲水量、尿量などの測定は、いつまで推奨しているのですか。

丸井先生
1年ぐらいですね。その後は、血圧と体重を毎朝測って記録すること、薬を決まった時間に確実に飲むことをお願いしています。お水を飲む量というのは、仕事や学校に行ったり、何かに没頭したりすると知らず知らずのうちに少なくなってしまうので、1日に飲む量というのはできるだけ記録してもらっています。
多くの人が1年を過ぎても、「1日にこれだけ飲んだ」という記録を外来の際に持ってきてくれています。尿量に関しては、1回毎に量を記録している人、回数だけ記録しているという人、量は目検で大体分かるので感覚で確認している人と、いろいろいらっしゃいますが、だいたい2~3カ月に1回くらいは、尿を24時間溜めて持ってきてもらっているので、そのときに尿量を測ったりするというだけでも良いと思います。
ただ、自己管理のことばかりが気になって、例えば買い物にも行けないとか、仕事になかなか復帰できないなどの、日常の生活に支障が出るのはあまり楽しいことではないと思うので、どの時点でどれだけのことをやればいいかというのは、患者さんごとに外来で相談しながら決めています。

選手と共に風を感じて

移植をしてから一番良かったこと、うれしかったことはどのようなことですか。

桜井さん
またラグビーができたこと、元気にラグビーを教えられることです。また、悲観的にならずに明るく笑えるようになったことですね。

普段は、選手たちと一緒にプレーをしたりするのですか。

桜井さん
今はコーチなのですが、選手に混ざってできるものは、一緒にやっています。選手と一緒に走ったりするとやっぱり気持ちいいというか、走り終わったときの疲労感がとても快感ですね。「生きてる」っていう感じがします。


選手と一緒に走って


ラグビーをするときは、移植腎を守るために何か工夫をされているのですか。

桜井さん
今は選手ではないので、ぶつかるような激しいプレーはしていませんから、特別な工夫はしていません。一応、移植後は、ラグビーは禁止事項ですしね(笑)。

先生、移植後にラグビーをするのは、やはり基本的には難しいですよね。

丸井先生
ニュージーランドの元オールブラックスの選手で、腎臓移植を受けた、ジョナ・ロムーという選手がいるのですが、その人には特別な配慮で、通常移植する場所ではなく、腹筋に腎臓が隠れる位置に手術をしたそうです。
通常、腎臓は、すごく強固で強靭な筋肉の下に隠れているのですけれど、一般的な腎移植を行った後には、そういう位置 ではないところに腎臓がくる関係で、強くコンタクトするスポーツは行わないように指導をしています。これはおそらく全世界同じだと思います。


桜井さん
ジョナ・ロムー選手が腎移植後に復帰した話は、当時高校生だった私にとっても、とても励みになったのを覚えています。

移植後にお勧めのスポーツはありますか。

丸井先生
お勧めは、まずは第一段階として、有酸素運動です。汗ばむくらいの運動はぜひ、機会を見つけてやっていただきたいと思います。それは椅子に座ってやるストレッチでもいいし、夜寝る前のストレッチでもいいです。それなら天気が悪いとか、風邪が流行っているとかに関係なくできると思います。
その次にできることとしては、やはりウォーキングが手軽だと思います。でも、「外に出るときにマスクをしなければいけない」とか「この時期は風邪が流行っているから、ちょっと行きたくないな」ということを考えるうちは、無理して行かなくてもいいと思います。実際には、運動をしているときというのは、白血球が活発になっているので、運動の最中に風邪をうつされるということはあまりないですね。水泳もお勧めですが、同じ理由から運動中に感染を気にすることはないと考えています。
また、「2キロのコースを今日は何分で歩いてきた」というふうに、日々負荷を少し上げられるようにするのも良い工夫です。季節の移り変わりが楽しめるようなコースかなんかを、少し早足で歩くことができるといいですね。もちろんゴルフやテニスなど、そのほかのスポーツを楽しんだり、試合出場を目指したりするまでがんばることも応援しています。