提供していただいた腎臓をできるだけ長持ちさせることは、レシピエントだけでなく、ドナーの願いでもあります。
しかし、何らかの理由で、移植腎を失う結果になってしまうこともないわけではありません。移植腎を長持ちさせるためにも、決められた通りにきちんと服薬することや、定期通院を怠らないこと、生活習慣病を予防することなど、自己管理を徹底することが大切ですが、万が一のことも考え、腎機能を悪化させる要因や、腎機能低下を抑制するための治療、最近の透析医療について知っておきましょう。
腎機能が低下し始めると、悪化のスピードは早い!?
腎臓にあるすべての糸球体は同じように血液が流れているわけではなく、流れが盛んなところやゆっくりとしたところがあり、糸球体は休み休み働いています。しかし、糸球体の数が少なくなってくると、1つの糸球体は休む余裕がなくなり、常にフル回転することになり、傷みが早くなってしまいます。これは保存期腎不全でも腎移植後でも同じことです。そのため、腎機能が下がり始めると、悪化するスピードが早いと感じるかもしれません。
維持期の移植腎機能の低下の原因には、慢性拒絶反応や、腎移植後の再発腎炎のコラムでもお話した原疾患の再発、生活習慣病、感染症、免疫抑制剤による腎障害など、さまざまな原因があります。
腎機能低下を抑制するための治療
腎機能が悪化し始めてしまった場合、腎機能低下を抑制し、生活の質を維持するために、以下のような治療が行われます。
血圧管理
ARB(アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬)、ACE(アンジオテンシン変換酵素阻害薬)を中心とした降圧薬と塩分制限食によって、130/80以下を目標として血圧をコントロールします。
貧血管理
エリスロポエチン製剤を用いて、ヘモグロビン値11~12g/dlをコントロール目標とします。貧血を改善した方が、腎機能維持が良好であるとされています。
CKD-MBD(慢性腎臓病に伴う骨・ミネラル代謝異常)管理
腎機能が低下してくると、リン(P)が高く、カルシウム(Ca)が低くなり、副甲状腺ホルモンが高くなります。このような状態は、骨代謝や動脈硬化に影響を与えるので、是正しておくことが長期的には必要です。リン吸着剤、ビタミンDなどで補正します。
その他の電解質補正
カリウム、アシドーシスの補正は、カリウム吸着剤、重曹やカリウム制限食で行います。
尿毒素の除去
蛋白制限食と活性炭素の服用を行います。
上記のような治療を行っても、腎機能低下に歯止めがかからない場合は、やはり透析導入を考えていかなければなりません。
腎移植後の透析導入に関しては、保存期腎不全の透析導入基準に沿う形になりますが、個々の状況によって導入時期は異なります。
2013年からは、eGFR<15で、1年以内に透析が必要とされる場合は、先行的(透析をしていない保存期腎不全で)献腎移植申請ができるようになりました。
また、移植腎の拒絶反応は、移植腎機能が廃絶していても起こることがありますので、免疫抑制剤の中止の仕方も重要となってきます。免疫抑制剤の中止の仕方は、二次移植を行うのかどうかでも異なります。
最近の透析医療について
では次に、最近の透析医療についてみていきましょう。
透析ダイアライザーについて
1985年、透析アミロイドーシス※の原因物質がβ2MG(ベータ2ミクログロブリン)と報告され、透析ダイアライザーの開発の方向性として、いかにアルブミン(栄養分)を除去せず、β2MG(大きい分子量の尿毒素の代表)を除去するかということが指標となりました。ダイアライザーはβ2MG除去性能別にⅠ型からⅤ型に分類されています。
また、透析が開始された当初はキュプラハン膜という素材を使用していましたが、次第に、より生体適合性の良い高分子合成膜の膜素材を使用しています。生体適合性が良いと、酸化ストレス(酸化反応によって引き起こされる生体にとって有害な作用)なども抑えられ、アミロイドーシスなど長期の透析合併症(関節症状、免疫的治癒力)が抑えられます。
※透析アミロイドーシス:長期透析患者の骨や軟骨、滑膜などの骨関節組織にβ2MGを原料とするアミロイド繊維が沈着することで生じる、骨・関節障害の総称。
透析液について
●カルシウム(Ca)、リン(P)
ビタミンDはカルシウムの吸収を促す働きを持っています。腎機能が低下すると、ビタミンDの働きが阻害されるため、カルシウムが体内に吸収されず、血液中のカルシウム濃度が低下します。また、尿中へのリンの排出機能が低下するので、血液中のリンの濃度が上昇します。このようにして慢性腎不全では、高リン血症、低カルシウム血症となります。そのため、当初、透析液はカルシウム濃度が高く(1号液と呼ばれています)設定されていました。
高リン血症、低カルシウム血症を改善するために、副甲状腺ホルモンが分泌されますが、その状態が続くと、副甲状腺が過形成になり、副甲状腺ホルモンが過剰に分泌されたままになります。(二次性副甲状腺機能亢進症※)。これに対して、非カルシウム含有リン吸着剤が開発される一方、カルシウム濃度が低い透析液(2号液、さらに3号液)が用いられるようにもなりました。
また長期透析によりカルシウムもリンも高くなった患者さんで、薬物療法による改善が見られない場合、副甲状腺切除術が行われていましたが、2008年に、副甲状腺ホルモンを抑制する薬剤であるシナカルセトが発売され、手術は激減しています。
※二次性副甲状腺機能亢進症:慢性腎不全などの副甲状腺以外の病気が原因で副甲状腺ホルモンが過剰に分泌され、血中カルシウム濃度が必要以上に高くなる病気。
●アルカリ化
透析液には、カルシウムやマグネシウムと塩を作らない酢酸(アセテート)が使用されていました。しかし、アセテート不耐症※や心血管系に抑制的に作用することが報告されて、2007年、重曹透析液が販売されるようになり、透析中の血圧が下がりにくくなりました。アセテートフリーの方が状態のよくない患者さんには、体にマイルドということになります。
※アセテート不耐症:血中の酢酸濃度上昇による、透析中の血圧低下、頭痛、嘔気、嘔吐などの不均衡症候群。
●水質
開発当初の透析液は、水道水をそのまま用いていました。ダイアライザーは細菌やウィルスは通過しませんので、滅菌水でなくても大丈夫と考えられていました。1回の透析で約150Lの水を使用しますので、コスト的にも技術的にも滅菌は困難だったと思います。その後、日本透析医学会で水質基準を設け、保険適用として透析液の水質を向上させてきています。施設側はRO装置(透析用水を精製する装置)設置、エンドトキシン除去など機器の設置や維持システムを構築することがスムーズになりました。
透析療法の保険適用の変遷 について
●在宅透析
1998年に保険適用されています。
在宅透析にすることにより、長時間透析が可能となり、透析の効率を上げることができます。長時間透析を目的とした、夜間透析を施行している施設もあります。
●透析液水質確保加算
透析液の無菌性が適切に確保されている施設に対して加算される医療保険加算のことで、2008年4月に透析液水質確保加算1 が新設され、2012年4月には、透析液水質確保加算2 が追加されました。
ET:エンドトキシンや細菌を除去したきれいな水を維持することで、保険加算が認められ、透析液の質が上がってきているといえます。
透析液中にエンドトキシン(グラム陰性桿菌※の細胞膜の破片)が混入していると、体内で慢性炎症を引き起こし、貧血、アミロイドーシス、動脈硬化などの要因となる可能性があります。
透析液水質確保加算2 をクリアすると透析液は「高純度(ウルトラピュア)透析液」と呼ばれ、On line HDFにも対応できるようになります。
※グラム陰性桿菌:自然界に常在し、大腸菌、緑膿菌、サルモネラ菌、レジオネラ菌などが挙げられる。強力な毒素(内毒素)を発生させるため、血液に入ると、健康な人でも高熱や命に関わる低血圧を起こし、その結果、多臓器不全を起こして亡くなることもある。
●on-line HDF
2012年透析液水質確保加算2が保険適用となり、普及してきています。
通常の血液ろ過透析:HDFで使用する点滴(6~12L)を使用せず、透析液を直接補充液に使用する方法で、大量(30~60L)に置換することで、見えない毒素(中分子量領域で測定できない物質)まで除去できます。
血液透析は、膜の生体適合性が良くなり、効率を上げたり、大きな分子量まで除去するように膜や透析方法を変えたり、透析液のエンドトキシンを除去したりすることによって、長期透析の合併症が減少してきています。
●腹膜透析(PD)と血液透析(HD)ハイブリット
2014年ハイブリット透析が保険適用となりました。
腹膜透析では、腹膜の機能低下により血液透析を併用しないと腹膜透析の維持が困難となることがありましたが、腹膜透析か、血液透析かのどちらかでしか保険適用がありませんでした。ハイブリッドが保険適用となり、週1回血液透析をすることにより、週2日間、腹膜透析をお休みすることができ、導入時(腹膜の機能低下がなくても)からPDホリデーを設けることが可能となって、患者さんにとっては選択の幅が広がったといえます。
腹膜透析液も、中性でブドウ糖の暴露が少ないタイプの液の開発など進化し、腹膜の寿命も延びています。
透析医療に関するよくある質問
最後に、透析医療に関するよくある質問にお答えしたいと思います。
・穿刺痛はあるのでしょうか?
20年ほど前から、疼痛緩和テープを透析前30分~1時間前に貼り、痛みを和らげることができるようになりました。また、繰り返し穿刺することで皮膚が瘢痕(はんこん)※状になり痛みが和らぐようです。
※瘢痕:外傷が治癒したあと皮膚に残る変性部分。普通、結合組織が多く、細胞や毛細血管は少ない。
・不均衡症候群※が起こるのではないでしょうか?
透析導入時は、透析の効率を落としますので、あまりみられません。医療機関に通院していなかったり、透析拒否をして、導入が遅くなったような場合に見られます。
※不均衡症候群:体が透析にまだ慣れていない、透析導入期によくみられるもので、症状は、透析中から透析終了後12時間以内に起こる腹痛・吐き気・嘔吐など。
・透析によって色黒になるのでしょうか?
エリスロポエチン(腎臓で産生される、赤血球の産生を促進するホルモン)製剤がなかった時代は、貧血を改善するために、輸血をしていました。そのため、輸血によって鉄過剰となり、肌が色黒となることがありました。現在は、エリスロポエチン製剤の注射により、輸血をしなくなったことや、生体適合性の良い膜で、大きい分子量を抜くことによって、透析患者さんの肌の色や関節の状態が、昔に比べて良くなっています。