平成27年10月1日から3日にかけて熊本にて開催された日本移植学会での特別講演の内容について、北海道大学の森田研先生にご解説いただきます。第2回目は、2013年の「イグノーベル賞」受賞者である、帝京大学 新見正則先生のご講演です。
「イグノーベル賞 2013 その軌跡、そして講演の仕方、スライドの作り方、テレビ収録での心得など」
帝京大学 新見正則先生
平成27年10月1日から3日にかけて、熊本にて開催された日本移植学会で興味深い講演を聞きましたので報告いたします。私が聴講し理解した内容を元にレポートしますので、講演者の意図とずれていたりするかもしれません。ご了承の上お読みください。
新見正則先生は、50歳を過ぎてからトライアスロンに挑戦されたという、若者のようなチャレンジ精神を持ち続けておられる方で、世界で最も面白く、考えさせられる研究に対して贈られる「イグノーベル賞」の2013年受賞者です。新たな移植医療の開発研究分野で多くの業績を残されている血管外科医で、その発想の奇抜さ、面白さは移植学会の中でも群を抜いており、マスコミにも数多く登場されています。衛星放送などの番組に出演されていますので、ご存知の方も多いと思われます。
その新見先生が、これまでの軌跡、移植の研究成果、イグノーベル賞受賞の経緯、研究の面白さや、講演のコツに至るまで、たっぷりとご講演されました。昨年の移植学会に引き続きのご講演で、私もとても楽しみにしておりました。インターネットでも新見先生のお話は閲覧できますが、ご本人を目の前にしながら講演を聞くのはとても勉強になる上に、会場は常時笑いに包まれている、という学会会場には珍しい光景が広がっていました。座長の島津元秀先生からも、新見先生の講演は面白い上に、ただ笑ってしまうだけでなく、研究や実験の詳細は基本がしっかりしている本物の研究であることが素晴らしい、と講評がありました。
■新見先生のご経歴と軌跡
新見先生は慶応大学卒業後に英国オックスフォード大学の移植免疫で有名な研究室に留学し、そこで研究の基礎となる移植免疫学の実験をマウス(ハツカネズミ)の心臓移植モデルを用いて行いました。現在は帝京大学 外科で「ドラえもんラボ」と言われるぐらい何でも揃った移植免疫学研究室を主宰されています。ご専門は血管外科ですが東洋医学やスポーツ医学にも造詣が深く、研究領域を広げられています。
■感じ方は変わるもの
移植医療に関して、医師になったばかりの頃の新見先生は、「生体ドナーに対して負担を強いる移植医療は、治療法として果たしてどうなのだろうか」といささか否定的な意見を持っていたようです。しかし、ご自身がその後結婚して子供が生まれ、かわいい我が子を見るにつけ、この子に万が一の病気が降りかかったら、どの臓器でも提供して救いたい、と思ったそうで、自分の感覚の変化に驚いたそうです。そのぐらい、人間の感覚というものは変わるのだ、ということです。
■イグノーベル賞とは
イグノーベル賞は皆が深く考えさせられるアイデアに対する賞ですが、条件としてまず「笑いを誘う」という必須項目があるそうで、「へえ、そんなことあるんだ〜」という思いとともに、必ず笑ってしまうぐらい面白い、ということが必要です。また、研究成果を出すためには運と縁が必要というのが新見先生の持論で、結果についても、「あり得ない(improbable)」ことが起こるのが自然界である、という感想を持っておられます。
■新見先生がイグノーベル賞を受賞されるまで
偉大な賞をもらう人は、最初に予想した目標に向けて進み、その通りの結果を出して受賞するのではなく、研究の過程の思いもしなかった結果が元となり、新たな発見をする、ということがよくあるようです。新見先生もニュースや取材を受けた際、ご自身の受賞物語を筋書き通りだったように説明することがあるようですが、実際のところは期待していなかったところを元にした疑問点からの発想で、受賞されたそうです。
オックスフォード大学の研究室でマウスの心臓を、ひたすら腹部に移植してさまざまな生体反応を調べる実験をしていた時のことです。薬剤を投与する実験の前に、基礎データとして、何もしないマウスで心臓移植を行うと、8日目を平均として移植した心臓が拒絶されて拍動を停止してしまう、という検証を繰り返しました。まずそのマウス心臓移植の基礎実験結果が安定しないと、薬を飲ませてみて移植延長効果があるかどうかを比較する実験が成り立ちません。
その日、いつもは10匹以上のマウスが入るケージを準備するはずでしたが空きがなく、15匹の移植後マウスを、8匹と7匹の2つのケージに分けて、1~2週間の術後観察をすることになりました。2つのケージを並べておく場所がなく、片方は入り口近く、もう一方は飼育室のかなり離れた奥の場所に保管して観察したところ、拒絶反応で心臓が拍動を停止する日数が大きく異なってしまいました。予想に反する結果で困ってしまって研究が中断した、かというと、そうではなく、新見先生はその差に目をつけて、なぜそのような差が出たのか調べることにしました。
環境としては場所が違うだけで、餌や水、個体数や飼育ケージ内の環境は同じでした。通気や温度、湿度などが影響したのだろうかと考えた末に、新見先生はイギリス留学中に購入したオペラの椿姫のCDを聴かせることにしました。すると何も聴かせなかったマウスに比べて、椿姫のオペラ音楽を聴きながら手術後管理をした方が、移植臓器が長持ちしたのです。本当にマウスが音楽を聴いていたのかどうかを調べるために、マウスの鼓膜を破壊してみると、この効果は出なかったため、音楽を聴いたことが影響したということになりました。
他にも演歌や英会話、工事現場の音などを聴かせても駄目で、モーツァルトやエンヤのような曲に同様の効果があったそうです。
このような「あり得ない」結果を失敗と決めつけて捨ててしまうのではなく、もしかしたら何か原因があるかもしれないと考えて、つきとめることはとても重要です。そして、その時に最初に聴かせてみようと思ったCDが椿姫で、これが結局最も効果が高かったらしく、もし最初に北島三郎の演歌を聴かせていたら駄目だっただろうから、「運」と「縁」は重要だとおっしゃっていました。
最後に、新見先生流の上手な講演の仕方を我々に伝授してくださり、スライドの使い方やメッセージを持つことの重要性など、細かいポイントもお話しいただきました。そして、ちょうど新見先生の講演の前に行われた山中伸弥先生の講演を、新見先生も聞いていらっしゃったとのことで、「講演の仕方やスライドの作り方についてのルールが、自分の講演する内容と全然違ったらどうしよう」と内心不安だったそうですが、「実際はご自分と全く同じやり方だったので安心した」とおっしゃっていました。最後にまた会場から一段と大きな笑い声が巻き起こっておりました。