皆さん、一年でもっともじめじめした季節になってしまいましたね。今回は、そんな季節にこそ注意をしなくてはならない、食中毒のお話です。

いきなりですが、まず(図1)を見てください。わが家の近所にあるスーパーマーケットの食肉売り場(鶏肉コーナー)の注意書きです。昔はあまり見かけませんでしたが、最近は良く目にします。この注意書きが意味するところをお分かりになるでしょうか? もちろん、このスーパーは、我が家が長年ほぼ毎日利用している由緒正しいお店です。まがい物を売っているわけではありません。なのに、「肉(この場合鶏肉ですが)はしっかりと加熱して食べるように」とうたっています。その理由は、食材、特に肉類には一定量細菌が付着しているからです。通常の飼育環境で育った鶏や豚、牛などの畜産類でも、どうしても細菌の混入は避けられず(考えてみれば当たりまえですが)、それらが時に病気(多くは腸炎ですが)を引き起こす恐れがあるので、しっかりと加熱して食べてくださいということです。

注意書き

私はだいぶ前にアメリカに留学していましたが、たまに卵かけ御飯が恋しくなりました。しかしアメリカの一般のスーパーに売っている卵は、生では食べられないことになっています。どうしても食べたいときには、日本食材を売っている高級スーパーの、通常の3~4倍の値段の卵を買って食べていました。日本では皆が当たり前のように食べている生卵ですが、そう言えば、これもどこにも生で食べられるとは書いてありませんね。そのくらい普段食べるものにはもう一度気を遣ってみないと大変なことになりますよ、というお話です。

食中毒とは

摂取した食材が原因で下痢、嘔吐、腹痛、ときに発熱を起こす中毒の総称を食中毒と言います。その原因は大きく分けて、1.細菌、ウィルスなど微生物によるもの 2.自然毒によるもの 3.化学物質によるもの に分けられます(図2)。なお、飛沫、接触などを媒介とする伝染性の消化器感染症は食中毒の範疇からは外れます。

原因物質別食中毒発生状況

今回は、このうち頻度の多い、1.微生物によるもの に焦点を当てて解説していきますので、一緒に予防法を探りましょう。
まず、食中毒の原因となる微生物は(表)に示すとおり、さまざまなものがあります。

食中毒の原因となる微生物

最も危険で死亡率の高いのは、大腸菌の中でもベロ毒素という特殊な毒を産生し、この毒の血管内皮の障害から溶血性尿毒症症候群を引き起こしてしまう、腸管出血性大腸菌(O157、O111など)です。何年か前に、焼き肉屋でユッケを食べた何人かの方が、この感染の結果、残念ながら不幸な転機をとったことがありました。ただ、これは特殊なケースです。その下に記載がある、カンピロバクター、サルモネラ菌、ブドウ球菌などは比較的良くみられる食中毒の原因菌です。共通するのは、食用肉や、水、土壌に菌が繁殖しているということです。つまり、原因菌はいたるところにいるということです。
(図3)をご覧ください。冒頭でスーパーの鶏肉コーナーでみる掲示のお話をしましたが、これは、厚労省のホームページによる鶏肉中のカンピロバクター感染の頻度の調査の結果です。これ以外にもさまざまな調査結果が載っておりますが、いずれにせよ、高確率で食肉への病原菌混入は避けられないということです。

カンピロバクター感染の頻度

食中毒を予防するには

では、食肉を食べてはいけないのかというと、そうではありません。よほど特殊な場合を除き、人間には免疫という仕組みがあり、少量の菌であれば、駆逐され感染症に至ることは少ないです。しかし、強毒菌で菌の量が多く、宿主の免疫状態が低下している場合には感染症が発症します。免疫抑制薬を服用している腎移植者の皆さんも特に注意して予防することが必要です。
その予防法として、政府広報オンラインホームページのメッセージを(図4)にまとめて記載しました。大きくは3つの注意事項があります。1. 病原菌をつけないこと。つまり良く手指を洗うこと、肉類を扱った箸や、まな板、包丁などで他の食品を扱わないということです。次に2.ふやさないこと。低温特に摂氏10度以下では細菌の繁殖は遅くなります。さらに-15度以下ではほとんど停止します。よって、この暑い時期には、冷蔵庫、冷凍庫を活用すると良いということですが、注意したいのは冷蔵室でも細菌の増殖はゆっくりですが、進むということです。そのため早期の使用が望ましいということです。最後は3. 加熱処理です。多くの細菌、ウィルスはタンパク質で出来ていますので、高温で一定時間加熱すればタンパク質は凝固し、死滅します。また、定期的にキッチン用品を消毒することも肝要です。


食中毒予防

また、政府広報オンラインでは、6つのポイントも追加されています。これは、食品の購入から皆さんの口に入るまでの過程での予防が詳細に記載されています。ここでは誌面の関係上触れませんが、ぜひご覧になってください。目から鱗です。私はスーパーのビニール袋はただ単に買い物から帰宅するまでに肉や、魚、野菜に付着する水分などが漏れないようにするためのものと理解していましたが、食中毒の観点からは、冷蔵庫の中でもビニールに入れて保存することで、それらのパッケージの外に付着した食中毒菌から他の食品を隔離している意味もあることを改めて実感しました。

暑く湿度も高い時期ですので、食中毒には気を付けましょう。

次回は、腎移植における最近の入院診療の実際についてお話しします。昔とは随分違い、かなり楽になっていることをお伝えしようと思います。お楽しみに。

参考文献
1.厚生労働省ホームページ <健康・医療>食中毒  
2.政府広報オンライン 食中毒を防ぐ3つの原則・6つのポイント
3.農林水産省ホームページ 食中毒から身を守るには

Figure legends
図1.わが家の近所のスーパーの食肉コーナーのアラート
図2.食中毒の原因物質別発生状況(厚生労働省の資料から)
図3.鶏肉のカンピロバクターの汚染状況(厚生労働省の資料から)
図4.食中毒を防ぐ3原則(政府広報オンラインから改変して引用)