平成28年5月下旬に開催された第32回腎移植・血管外科研究会における講演をレポートいたします。 研究会は姫路市で行われ、兵庫医科大学の野島道生先生が当番世話人で主催されました。 レポートは個人的な解釈で記載しておりますので、発表者が意図した内容と異なる場合はご容赦いただきますようお願いいたします。

第32回腎移植・血管外科研究会 特別講演
「オランダの臓器提供、腎移植」

特別講演では、オランダのGroningen(フローニンゲン)大学という長い歴史のある施設から招請されたMarion J. Siebelink先生が、オランダにおける臓器提供と腎移植の特色について1時間にわたって講演されました。

Groningen大学は、オランダ北部の都市Groningenにあります。腎移植に関係する著名人としては、血液透析の父と呼ばれ、第二次大戦中にナチスドイツから逃れて渡米し、世界初の血液透析を実用化したWillem J. Kolff先生が、このGroningen大学の研修医でした。
オランダではこのGroningen大学、Leiden大学の他に、アムステルダムを含め、7つのエリアに分かれ、4つのセンターで腎移植を推進しています。

臓器移植に至る患者さんの数、総人口や地域の広さなどの面で、オランダのシステムは日本の臓器移植ネットワークと共通点が多いため、学会長の野島道生先生が日本の臓器移植を増やすには何を学べば良いのか、ということで招聘されたとのことです。

■オランダの臓器移植の歴史
オランダの臓器移植の歴史は、1967年に設立された「ユーロトランスプラント」という多国間で臓器提供、あっせんを行う組織に始まります。
日本の臓器移植ネットワークと異なるのは、このユーロトランスプラントに所属する8カ国の間で、 心臓、肺、肝臓などの主要臓器を、国境を越えて提供、輸送、移植される仕組みにあることです。
Siebelink先生はもともと小児科の先生で、小児の臓器移植は腎臓も含めてサイズや条件が特殊であるため、このユーロトランスプラントのシステムを用いて、国境を越えて提供される臓器を、最適なレシピエントに良い条件で移植する工夫がされているとおっしゃっていました。

■オランダにおける臓器移植法の制定
日本の臓器移植法が設立された年の翌年、1998年に、オランダでも臓器移植法が制定され、臓器提供に関する生前意思の確認が行われるようになりました。
調査によると、死後の臓器提供に同意するかどうかの割合は、同意(60%)、拒否(28%)、親族に委任(10%)、その他の誰かに委任(2%)だったそうです。
本人の臓器提供意思がある場合の家族の同意率が高いため、日頃から臓器提供について家庭で話をすることが重要であるということでした。日本でも臓器提供意思表示カードを持参している方は 家族が提供に同意しやすいというデータがあり、これも共通の傾向でした。
日本においても最近、日常的に臓器提供について話をする家庭が増えているようですが、オランダでは同じような時期に臓器移植法が制定されたにも関わらず、臓器提供数が日本に比較して多く、腎移植の半数が脳死、心停止下に提供された腎臓によるものです。
日本と同様に、オプト・インの方法を取っているオランダで、なぜこのように臓器提供が盛んになったのでしょうか。
※オプト・イン:本人が生前に臓器提供に同意している場合に臓器の摘出を認めることを原則とするもの。これに対し、本人が生前に臓器提供を拒否する意思表示をしていないかぎり、臓器の提供を承諾しているとみなすものを「オプト・アウト」という。

■オプト・インの方法をとるオランダで臓器提供が盛んな理由
講演では、臓器提供意思を確認する方法としてのオプト(イン、アウト)の違いがどの程度臓器移植数に影響するのかについて説明がありましたが、日本で臓器提供が最近減少傾向であることについて、なぜ、という問いが講演の各所に出てきていました。
その答えとして、まず第一に、オランダでは、脳死ドナーになりうると考えられる状態の患者を診療した医師には、患者が臓器提供意思を持っていないか、確認する義務があることです。そのための医療スタッフの教育と、実際に確認を実践しているかどうかのフィードバックが盛んに行われています。日本では、そういった教育を医学教育に取り入れようとしてはいますが、義務化されているわけではありません。
また、第二に、オランダでは一般人への「国民ドナー週間」と称する啓発活動や、マスコミによるキャンペーンが新聞やテレビを通じて繰り返し行われています。腎移植については、特に小児腎移植で、心臓移植同様、小さな体に適合するサイズの小児臓器提供が必要となりますので、こういったキャンペーンは国境を越えたユーロトランスプラントにおける移植臓器あっせんに重要であると主張されていました。

■学校教育における臓器提供への理解度
小児の臓器提供は大変痛ましいことでありますが、年間に亡くなる小児患者さんの11%はオランダにおける臓器提供ドナーになりうる状態であるという調査結果を示されていました。このことは一面ショッキングなことでありますが、移植でなければ助からない小児臓器不全患者さんが多数いることは事実で、国内でそれを対応できるようにすることが重要であると力説されていました。
Siebelink先生の原文をお借りすると、
Share knowledge and experiences to improve this sensitive process.
「この繊細な注意を要する移植医療を発展改善させるために、知識と経験を分かち合う必要がある」ということです。
それには、小児科医師へのしっかりした教育と、小児患者の親や、臓器移植を理解できる年齢に達した小児への臓器移植医療の教育が必要であるとのことです。
悲しい「悪い知らせ」と臓器提供の話をしっかり分けて教育し、どの人にも平等な権利である「臓器提供をする権利」を、小児のうちから教育すること、生命に危険の及ぶような状態になっていない普段から、きちんと親と話し合いをできるように機会を設けること。さらに、実際の臓器提供、移植医療の小児例を示しながら、臓器提供が小児患者さんの不幸における親族の悲しみを癒す効果が多少なりともあることを解説しておられました。
実際に小児の学校教育における臓器提供の理解度について、9歳では66%が意思決定を自分で下すことが可能で、そのうち69%が臓器提供に同意したという驚くべきデータを供覧されていました。親が、家庭で「臓器提供についてどう思う?」と一定年齢に達した子供達に問いかけることが最初のステップだと話されていました。
いつこのような教育を始めるかについては親や学校の間でもまだ議論はあるようです。オランダでも教育の開始時期には様々な意見、反対意見もあり、生物の授業中に臓器提供や移植医療について教えるべきとする意見もありますが、反対意見の率は日本の調査と大きく変わらないということを示しておられました。
しかし、結論として、「臓器移植医療という方法があることを知ること」と、それに対して「意見を持つこと」を分けて教育し、このような教育が許容される年齢は10歳である、と調査結果を締めくくっておられました。

最後に、会場から質問を受けられました。「日本では脳死臓器提供だけでなく心停止下の腎提供数も減少していますが、オランダにおける論議として、心停止と脳死ではどちらに制度として力を入れているのでしょうか」という質問でした。
オランダでも、脳死は人の死ではない、という意見を持つ人は日本と同様に一定数いらっしゃるそうで、今後は脳死に対する啓発、教育が重要であり、心停止とともに脳死も重要なドナーで、それらの違いと正しい知識を適正に教育していくことが重要であると答えておられました。