平成28年10月27日、28日の2日間にわたり、岐阜県の長良川国際会議場で開催されました第38回日本小児腎不全学会に参加いたしました。本学会は、小児における腎臓疾患の治療について小児科、小児外科、泌尿器科、救急などの医療スタッフの情報交換を目的に昭和54年に設立された少人数の研究会が母体となっており、当時の設立の目的が故・太田和夫先生により示されています。
今年は名古屋第二赤十字病院 腎臓病総合医療センター 移植外科部長の渡井至彦先生が会長を務められ、疾患の治療だけでなく、一人前の大人となっていく過程の障害を解決する上で重要な問題である「小児腎不全における最善のチーム医療を目指して」ということを学会のテーマに据えて開催されました。
学会は2日間、2会場で一般演題、教育セミナーのほか、小児腎不全治療の困難症例についてのシンポジウム、1つのテーマに沿って一定の研修を行うプログラム、小児腎不全における外科治療の歴史についての特別講演などの招請プログラムが行われました。その中で、小児から成人に至るまで長期間の通院を必要とする疾患で大きな問題となっている、小児科から成人診療科への移行医療をどうするか、ということについて、招請講演とシンポジウムをレポートいたします。
毎度のことではありますが、本レポートは、私が実際に講演を聴講して得たことを中心に書いておりますので、講演者本人の意向とずれているところがあるかもしれませんが、ご了承ください。
平成28年11月4日 文責 森田 研
第38回日本小児腎不全学会 招請講演
腎移植後の移行医療 「Transition after kidney transplantation」 Paul Harden
小児期に腎移植を受けた子供たちが成長して、腎臓内科や移植外科などの成人を担当する診療科に移行する際、服薬中止による拒絶反応によって移植腎機能が廃絶してしまうリスクが高くなることが、以前より大きな問題となっています。
その対策として、イギリスの腎移植後の若者を対象とした移行期支援専用施設では、若者の生活に密着した修練プログラムが組まれているとのことです。その内容を、学会長の渡井至彦先生が海外の学会で聴講され、講演者であったPaul Harden先生を招請されました。
Paul Harden先生は、イギリスのロンドン郊外にある複数の腎移植センターにまたがる、若年者用施設を統括するオックスフォード大学の先生で、その施設における若者の成人医療施設移行プログラムを紹介してくださいました。
腎移植後の年齢別生着率は、11~17歳の腎移植年齢のグループが最も悪く、腎機能廃絶リスクは12歳を超えた時点で悪化が始まり、21歳でピークを迎え、24歳までその危険性が続くというデータがあります。
この期間は、思春期・青年後期から大人になる過程にさしかかり、進学や卒業、就職という人生における一大変革を迎える時期です。医学的にも、腎移植を受けた子供たちがそれまでの主治医であった小児科の先生から、成人の診療科、つまり腎臓内科や外科系診療科へ主治医を変えることになる時期と一致します。彼らは、急に自己管理を要求され、自律した診療が必要な成人診療科の医師を信頼することができず、移行した成人診療科の環境に馴染めない状況が起こります。環境の激変や文化の違いについていけず、免疫抑制剤を継続して服用するという、重要な習慣を失ってしまうようです。
成人してからも、子供達が通う小児科外来にいつまでも通うわけにはいかないので、どこかの時点で移行が必要なのですが、腎不全をはじめとした慢性疾患では、小児から成人まで生涯にわたる管理が必要である一方、効果的な成人診療科への移行システムが確立していないために、成人した小児腎移植レシピエントは孤立感を深めます。
Harden先生の提唱するプログラムでは、このような微妙な時期の青年レシピエントを孤立させないために、同年代、同様な疾患で治療している若者たちを各施設から集め、加えて、ボランティアのサポーターとして同世代の若者を集めてヘルパーとして活用しています。彼らをスポーツジムやゲーム、旅行やコンサート、夜の街の活動や健康指導活動までを一括して管理するセンターに通わせ、その合間に腎移植後の診察を入れていく、という画期的な取り組みを行っています。このシステムを立ち上げた後では、立ち上げる前と比較して、腎移植後の若者たちの移植腎生着率が格段に向上したデータがあるそうです。
通院してくる若者は、血液検査を受けたあと、医師の診断を受ける外来受診までの数時間の待ち時間に、同世代の患者、サポーターなどとともに診療センターとつながっているコミュニティで談話したり、ダーツ・ビリヤード・シミュレーションゲームなどの活動に参加したりします。
その会話の中で、同世代の悩みを打ち明け、医師や医療スタッフには言えない話をしながら、ボランティアサポーターが服薬管理の重要性を指導し、診察が終わった後もSNSやメールでフォローを続けます。彼らボランティアは「ユースワーカー」と呼ばれ、小児の腎移植を行っている複数の腎移植施設が共同で作るこのコミュニティに雇用されており、受診時の施設での活動にとどまらず、小児患者とともに旅行へ行ったり、デンマークの同様の若年者コミュニティと交流したりする活動を支えていました。
こういったコミュニティでのサポートを始める年齢は12~14歳が望ましく、活動と一緒に診察をして、孤立させないことが重要です。また、不幸にして移植腎機能が廃絶して透析に導入された若者に対しても、継続して連携を取っていました。
腎臓疾患だけでなく、例えば若年発症糖尿病などの成人診療科への移行が必要な疾患についても、同様のシステムで施設を超えて小児科からの卒業と成人診療科へのスムーズな移行を支えていました。
また、若者が夜に活動する生活パターンを考えて、夕方の免疫抑制剤内服が不要な方法を模索しており、その処方の一例を紹介していました。日本でも使用されている1日1回製剤を利用し、朝1回の内服で済むような処方に変えるために、やや古い製剤も使い、若年患者の腎機能が安定した段階で、すべての薬を朝1回で済むように調整していました。処方例としては、朝1回、Alemtuzmab(日本では未発売)、アドバグラフ(グラセプター)、アザチオプリン(イムラン、アザニン)、といった組み合わせです。それに抗血小板薬や抗ウイルス薬なども1日1回の投与にして、夜に行事の多い若者の生活においても、飲み忘れる危険性が低いようにしていました。
講演では、スライドだけではなく、実際にボランティアサポーターとスターバックスで談笑したり、スポーツバーや旅行で共通の活動に興じたりする若者たちの姿や、その中で服薬維持の重要性を説明しているシーンをビデオで流したりと、非常に臨場感のある招請講演でした。
講演後、会場では多くの質疑応答が行われました。
■質問:病院組織がそのような業務を立ち上げる上での法的問題・経費はどうなっているのか?
■回答:診察とは別にコミュニティを作っており、食事を取ったりするのと変わりないので法に触れることはなく、もともと小児腎移植患者は少数なので、複数施設から集めれば一箇所の設立経費だけでコストはカバーできる。
■質問:すべての患者が1日1回の内服で済んでいるのか?
■回答:1人だけ拒絶反応が起きたために1種類、1日2回のミコフェノール酸モフェチルを内服している患者がいる。
■質問:日本でも成人になって腎臓内科や移植外科に通院を勧めても、通院したがらない若者が居るが、具体的にどうすれば良いか?
■回答:このような若者のコミュニティを利用した移行プログラムは、卒業や就職時期など、転院、転科が必要になった時点で始めても意味がなく、その数年以上前からすでに開始して準備しておくことが必要である。
■質問:SNSやメールでの個人情報の流出は問題ないのか?
■回答:適正に秘密事項は守られており、診療の内容などが個人情報保護上問題になったケースは無い。
上記のような具体的な討論が非常に参考になりました。
最後に、Harden先生から、「とにかく、看護師や医師などの世代の離れた大人と慣れないコミュニケーションを急に取らせるよりも、同じ世代のコミュニティで共通の問題を話し合わせることが重要だ」というメッセージが伝えられました。非常に衝撃的な1時間の講演でした。