2017年2月15日から神戸国際会議場で3日間にわたり開催された、第50回日本臨床腎移植学会の講演についてレポートします。本学会は腎移植の臨床に関するさまざまな問題について腎移植施設間で情報交換し、治療に役立てることを目的に、1969年1月17日に設立された「腎移植臨床検討会」が前身です。2003年からは学会となり、現在は国内で最大規模の腎移植の情報交換の場になっています。医師だけでなく、全ての医療従事者が発表・討論し、今後の腎移植について考える学会です。毎回、移植コーディネーターや看護師、薬剤師、臨床心理士、栄養士、検査技師、医療福祉士など多くのスタッフが集まります。
今回は50周年記念大会で、大阪大学の高原史郎教授が学会長を務め、これまでの50年の歩みを展示(写真)や記念誌で閲覧することができました。たくさんのプログラムの中から、海外からの招請講演とシンポジウムについてレポートします。

日本臨床腎移植総会報告

第50回日本臨床腎移植学会総会報告 シンポジウム7 疾患啓発セミナー
「腎移植とaHUS」

HUS(溶血性尿毒症症候群)という病態があります。血液中の赤血球が破壊されて貧血や血小板減少が進行し、尿毒症、腎機能悪化をきたす疾患で、最近もO-157(腸管出血性大腸菌)によるHUSがニュースで報じられていました。食中毒の場合は細菌毒素により引き起こされるHUSなのですが、下痢症状を伴わずに溶血(赤血球が壊れ、赤血球の成分が血清中に流れ出てしまうこと)と腎不全をきたすHUSでは、遺伝的背景に感染や移植、薬剤投与などが重なって急性に発症する非典型HUS(aHUS)が、小児腎不全や腎移植の領域で最近話題になってきています。
腎移植や免疫抑制剤の投与をきっかけに、もともと遺伝的に素因のある方に発症することがあると言われており、その原因としては、免疫の中の「補体系」と呼ばれる免疫システムの異常が考えられます。このaHUSを治療できる薬剤が最近開発されたこともあり、腎移植に関わるスタッフが知っておくべき点についてシンポジウムが行われました。
一般的にはあまり馴染みのない「補体系」という生体に備わる免疫システムは、最近解明されてきたことも多く複雑で難しいのですが、このシンポジウムでは旭川医科大学微生物学教授の若宮伸隆先生がわかりやすく解説されました。その後、大阪医科大学小児科教授の芦田明先生が2015年に公開されたaHUS診療ガイドラインについて講演を行い、最後に東京女子医科大学泌尿器科教授の田邉一成先生が腎移植後に起こるaHUSについて解説されました。司会は服部元史先生(東京女子医科大学腎臓小児科)と要伸也先生(杏林大学腎臓・リウマチ膠原病内科)でした。


■補体とは
補体とは、血液中に存在する抗体の働きを補助する血清タンパク質で、様々な種類があり、それらが連続して反応を起こすように設定されていて、人間は他の動物に比べて非常に複雑化したシステムを持っています。
外から侵入してきた病原体に直接反応して排除したり、補体の活性化で白血球の反応を刺激したり、細胞膜の装置を反応させて外敵を直接溶かしたりして生体防御を行います。
※補体(complement)には様々な種類があり、complementの頭文字をとってC1~C9で表される。またC1~C9の補体タンパク質以外にB因子、D因子などを含めた16種類のタンパク質、液性(血液中にある)の5つの調節因子、細胞膜上の4種類の調節因子などのタンパク質も補体の機能の発現・調節に関与しており、これらを総称して補体系と呼ぶ。


■補体系に異常が起こると?
このシステムに異常をきたすと、免疫病や腎臓病、血栓症などになりやすくなることがわかっておりましたが、どのような部位に異常が起きると生体防御がきかなくなったり、過剰になったりするのかが長い間不明でした。
最近では、これらが複数の補体や細胞膜のタンパク質の連鎖した異常で引き起こされ、その素因・遺伝的背景が人種によっても大きく異なることがわかってきました。さらに、補体の異常を、補体を補うことで治療するのではなく、破綻した補体システムの異常回路を止める働きのある新薬(エクリズマブ)が開発されました。そのため、現在この「補体系」システムが脚光を浴びています。
遺伝的素因を持って生まれてきた子供が、そのまま症状なく成長し、20歳代になっていくつかの刺激(感染や抗原暴露※1、移植など)が加わることにより、補体システムが破綻し、発作性夜間ヘモグロビン尿症※2という溶血反応や、顔面浮腫、溶血性疾患を呈することがわかってきています。本来は外敵である病原体の細胞膜を溶かしてやっつける作用であったのが、補体の異常によって自分の赤血球や腎臓組織の細胞を溶かしてしまうことで起こる病態のようです。
現在、健康保険適応のある補体系の検査はC3、C4、CH50※3など、数種類に限られていますが、補体系の複雑なシステムを解明するための検査項目は十数種類に及び、諸外国ではその結果を踏まえて診療されることが多いようです。
また、食中毒に伴うHUSと異なり、aHUSでは溶血、血小板減少、血栓症といった非常に似た症状を呈する他の病態(移植後血栓症、血栓性紫斑病など)としっかり区別して診断しないと、上記の新薬は効果を示さないので注意が必要です。そのために2015年に診断・治療ガイドラインが出されました。このガイドラインに沿ってエクリズマブを投与すれば治療効果が高く、血栓症による腎不全を回避できる可能性があります。ただ、この薬剤投与はaHUS治療後、軽快した場合も継続する必要があり、薬剤が高いため医療費の問題があります。
※1 抗原暴露:抗原にさらされること
※2 発作性夜間ヘモグロビン尿症:補体の活性化が慢性的に制御不能となり、溶血を引き起こす、きわめてまれな生命に関わることもある疾患。
※3 C3、C4、CH50:C3、C4は補体第3成分、補体第4成分のこと。CH50(血清補体価)は、血清中のC1~C9までのすべての補体成分の活性を一括して測定する検査。CH50、C3、C4などを同時に測定することにより、補体異常のある疾患のスクリーニング検査や経過観察に用いられる。


■腎移植後のaHUS
腎移植後1年以内に、レシピエントにこのaHUSが発生することがあり、以前は原因不明の移植腎血栓症とされていたものや、急激な血栓を伴う激しい拒絶反応であると考えられていたケースがこれに該当するのではないかと言われ始めています。
東京女子医科大学の多数例での検討では、その確率は数パーセントと非常に低いものでしたが、血小板減少以外に合併する症状を元に診断するスコアリング法で24回の移植後aHUSを抽出し、その傾向を調べてみたところ、半数程度が血液型不適合移植であり、aHUSの何らかの誘引となっていることが考えられ、拒絶反応を伴うものも半数に認められたということです。それらの多くは血栓症を伴う重症拒絶反応として血漿交換などの治療をされていますが、エクリズマブが使用可能になってからは腎機能が正常に戻り経過している症例もあるようです。
このスコアリングによってaHUSの発生はある程度予想がつく場合も多いようですが、非常に稀ではありますが、通常の血液型適合の生体腎移植で拒絶反応が認められないのにaHUSが起こる場合があり、血漿交換が全く効果がなく、エクリズマブを投与して初めて有効だったというケースがあるようです。欧米では遺伝子異常を検査で詳しく調べて判断すべきという論文もありますが、この病態の特徴として、遺伝子異常パターンと疾患のパターンが必ずしも一致しないことがあり、人種による違いも多いので、欧米での遺伝子診断がそのまま日本で通用はせず、注意が必要とのことでした。
なかなか難しい免疫機構により起こる病態のようで、会場からは多くの質問が出されていました。最後に司会の要先生より、「こういう疾患があるという認識をまず参加した皆さんで共有し、まだまだ不明な点も多いので今後の展開に期待しましょう」という言葉で閉会となりました。