2013年9月2日~6日に京都国際会議場にて行われた、第13回アジア移植学会での主な演題について、北海道大学 外科治療分野 腎泌尿器外科学 講師 森田研先生にご紹介・ご解説頂きます。

招請講演「マウスを用いた腎移植後拒絶反応のメカニズムの研究」Robert L. Fairchild(米国クリーブランドクリニック) 第13回アジア移植学会報告【2】

1990年代から移植免疫学の研究を行ってきたFairchild先生が、移植された臓器が体内で異物として認識されるメカニズム研究の集大成を講演しました。
移植された臓器やリンパ節などの組織中の免疫細胞の間でやり取りされる情報は、様々な種類のケモカインという化学物質が担っており、そのケモカインが詳しく研究されているマウスを用いて、皮膚移植や心臓移植、腎臓移植を行い、多くの研究成果を発表しています。

同じ個体内で移植を行っても移植臓器は拒絶されないのに、なぜ、異なる個体間で移植を行うと拒絶されるのか、という拒絶反応の問題は、古くからTリンパ球が自己と他人を識別する免疫反応を司っていることで説明されてきました。他人の臓器を識別したTリンパ球が、リンパ組織で増殖し、それが移植臓器を攻撃して起こるのが拒絶反応ですが、ではなぜ自己組織は攻撃されずに、移植臓器だけが攻撃されるのか、について移植臓器を対象として調べる研究を、Fairchild先生の研究室に多くの日本人が留学して研究を続けて来ました。

まず皮膚移植の研究で、移植された皮膚は12日後前後で拒絶されてしまうのですが、既に移植4日目には移植した皮膚の組織内に、ある特定のケモカインが産生されてきます。このケモカインが炎症を起こす細胞やT細胞をひきつけるように標識となって、拒絶反応が起こって来て拒絶されてしまうことが判りました。
異なる個体からの皮膚移植と同一個体の皮膚移植との比較実験で、移植4日目の反応が異なる原因として、ナチュラルキラー細胞の役割が重要であることが判りました。これを元にしてマウスの心臓を別のマウスの腹部に移植する動物実験に応用したところ、心臓移植直後の数時間の間に移植した心臓に現れる特定のケモカインによって、好中球やマクロファージが主に手術による炎症や創傷治癒のために移植心臓に集まって来て、その過程でTリンパ球が自己と他人を識別することにより、移植後4日目には攻撃性のTリンパ球を集めるための別のケモカインを移植臓器に生成するようになります。これが原因で一週間目を過ぎると別の個体から移植された心臓は拒絶反応で拍動を停止してしまいます。これら一連の経過中に、好中球やTリンパ球を抑制する薬剤を投与して治療することにより、心臓が拒絶される期間を延長させることが可能となりました。

さらに、マウスの身体が小さくて技術的に困難であった腎移植を顕微鏡下手術の技術で可能にし、腎移植の臨床で問題となっている抗体関連拒絶反応のメカニズムを研究するモデルが可能となりました。
人間の抗体関連拒絶反応と同じような状態を作るための方法として、先ほどのケモカインのレセプターの一つを欠損させたマウスで腎移植を行い、人間の血液型不適合腎移植で脾臓摘出の代わりに用いられているリツキシマブを投与することで急性、慢性の抗体関連拒絶反応を再現しています。今後このモデルを用いた研究が展開されれば、現在有効な治療法がなかなか見つかっていない慢性抗体関連拒絶反応にも何らかの手が打てる日が来るかもしれません。

他方、これらのケモカインの研究結果より、マウスの移植臓器に拒絶反応の場合だけに早期に現れる、T細胞やマクロファージなどの誘導因子が、人間の腎移植後の尿中にも同様に現れており、拒絶反応や特定の移植腎機能障害の早期のマーカーとなる可能性が判明しました。クリーブランドクリニックなど全米で実際に行われている腎移植患者の尿を集めて分析し、早期診断に繋げるという研究成果が今年、発表されました。

拒絶反応の診断自体も、腎生検などの侵襲的な検査を行わなくても尿の分析で判明する時代がやってくるかもしれません。