「スポーツは身体にいいの?!」
適度な運動が誰にとっても身体にいいように、移植患者さんにとっても、とてもおススメです。
この場合の適度な運動とは、適度な有酸素運動のことで、具体的には「週3回くらい、1回30分以上の汗ばむくらいのウォーキング」に匹敵する運動(※)が、有酸素運動として適当です。膝や足に負担の少ない水泳や自転車もいいですね。日常の家事や通勤だって換算して同等の運動量であれば立派な運動です。
ただ、きちんとやらなきゃと義務感を強調するよりも、さわやかな感じでスポーツしましょう!と呼びかけたほうがその気になるんじゃないかなと思います。というのは、楽しみながらできる運動の方が長続きして、結果として上記の運動量に匹敵するようになればいいと思うからです。
スポーツは心と身体に良いといいますが、心に良いことの条件は「楽しいこと」ですね。では身体に良いことは「楽しくなくないこと」でないと続けていけませんから、苦行のようなスポーツでは身体によいとは思えないものです。ですから好きなスポーツにチャレンジすることが、続けられる近道かもしれません。かくいう私も、昨年始めて1年間続いてるスポーツがありますが、施設までが遠くてせいぜい月に2回が限度です。環境も大切ですね。
さて、スポーツがどうして身体によいのかをお話ししましょう。身体については、心肺機能、骨・筋肉、エネルギー代謝への良い影響を考えてみましょう。
まず、運動するときには筋肉へ酸素をたくさん送る必要があるため、心臓と肺が活発に働きます。そして、運動の最中には血圧が上がっています。筋肉ではエネルギーが燃やされて熱となり、身体の温まった運動の後は血管が拡張しているので血圧が下がります。運動の後は血圧がいつもより低くなるものなのです。このため、動脈はずいぶん伸び縮みさせられるので、しなやかさを保つことができ、動脈硬化の予防になります。そして、血管のしなやかさは恒常的な血圧低下につながり、心臓の負担が減ることになります。
また、貧血は腎不全の方には付きまとう合併症の一つですが、腎移植後の貧血の改善について調べたところ、上記の有酸素運動(前述※)に相当する運動をしていた方たち(n=27)の方が、運動していない方たち(n=27)より、移植1年後の時点での貧血改善傾向が強かったのです(平均ヘモグロビン:12.4 vs 10.7g/dl)。
このことは心肺機能にとってスポーツが有利に働いていることを表しているといえるでしょう。
骨への影響はどうでしょうか。骨は大人になったらもう棒みたいなもので、骨粗しょう症といってもぴんとこないなあ、と思われてませんか? 骨は、骨を壊してカルシウムを溶かしだす細胞と骨を作る細胞が常に働いて新しくなり続けています。ですから、運動によって筋肉が収縮するとき、骨が引っ張られたり、体重や衝撃を支えようとして骨に負荷がかかると、骨を作る細胞が活発に働いて丈夫にしようとしてくれます。そんなわけで、スポーツは骨折の予防につながるのです。
スポーツをしているとき筋肉がエネルギーを燃やしています。食べたカロリーと消費したエネルギーの差で体重は増えたり減ったりします。体重は最も簡単に測れる指標で、健康的に体重が減れば血圧は下がる傾向に、血糖やコレステロールも下がる傾向にあり、何より気分が良いと思う人が多いのではないでしょうか。
善玉コレステロールであるHDLコレステロールは運動することで増えることがわかっています。血液検査の結果で、これらの数値が下がってよかったという体験をした人は、頭(=心)でスポーツのよさを理解し、楽しいという気持ちにつながるのではないでしょうか。
移植した臓器が長く良い状態を保つためには、体内環境が良い状態に保たれることが最も大切です。心と身体は相互に影響しあっているのですから、心がしょんぼりしていたり、楽しくない気持ちで一杯だったりすることが、身体に良くないことは言うまでもありません。逆に、スポーツが身体に良いことが頭で理解できれば、心に楽しい気持ちが芽生えてより一層スポーツが好きになるでしょう。それが、好きで始めたスポーツならなおさらです。
「スポーツを通して伝えること」
移植者主体の団体によって毎年都市を移して行われている、日本移植者スポーツ大会をご存知ですか?
この大会は、移植により健康を回復した方とその家族が全国から集い、スポーツ競技に参加することで、移植医療の意義を広く社会に伝えようというのが趣旨です。
2011年は移植者約60名、家族約80名、ボランティア約80名、私を含めた医師3名、看護師、柔道整復士などを含む医療班10名の参加があり、陸上競技、水泳、テニス、ゴルフなど真剣勝負のものから、ボーリング、ダーツ、フリスビー投げなど誰でも参加できる競技まで行われました。生まれてまもなく心臓移植、肝臓移植を受けたおかげで小学校に進み、元気に走り回っている子供も何人もいました。
にぎやかに行われるこの大会は、もう一つの大切な目的があります。それは、臓器提供をしてくれたドナーへの感謝を表すことです。移植医療の礎である、亡くなった方からの臓器提供は、肉親を亡くし、悲嘆にくれる中で、ご家族の臓器提供承諾が確認され、提供手術が行われていきます。そのご家族、ドナーファミリーに、移植者は健康を回復していった後、どのように自分たちの感謝の気持ちを表せるのだろうか、と考えた末至ったのが、スポーツができるまでに回復した移植者の姿をドナーファミリーに見てもらおうということでした。そして今年のこの大会にも5組のドナーファミリーが招かれ、ドナーファミリーは開会式では拍手を持って迎え入れられ、オープン競技では一緒に競技にも参加されたりしていました。
この大会のモデルは、2年に1度開催される世界移植者スポーツ大会です。2011年はスウェーデン、2009年はオーストラリア、2007年はタイで開催され、日本も2001年に神戸大会が盛大に行われました。私は2007年から日本選手団のチームドクターとして参加し、世界中から集まる移植者と、それをサポートする家族、ボランティア、医療スタッフから満ち溢れる喜びに圧倒され、移植によりスポーツを行う健康を取り戻せたことに対する移植者の感謝の気持ちがひしひしと伝わってきたことを忘れません。
移植医療の意義を広く社会に伝えることは簡単ではありません。腎移植を行わなくとも生きていけるという考え方は、腎移植後も透析中と変わらないのでは、という先入観がいまだ無くならない現在において、根強く残っています。透析をしなくてもよいことだけが腎移植の良さではなく、腎移植後生存期間が透析中より有意に長いことや、透析合併症の軽減や消失、生活環境の改善による社会復帰など、移植から受ける恩恵は移植を受けた方の生き方そのものを変えていると思います。
その象徴的なのが移植者のスポーツをする姿だと思います。この姿に触れて移植後の経過を知ってもらうことで、医療とはかかわりの少ない方々にも「移植はとてもよいことだ」と思ってもらうことから移植医療への理解が少しずつ深まると思います。
そしてその先に、社会からの移植医療に対する温かいまなざしが生まれてくることで、移植本来の姿である脳死臓器移植の礎ともいうべき、「死後に臓器提供することもいいかな、と思える社会」につながるのではないでしょうか。