腎移植後、移植腎を良好な状態で長期間維持するには、服薬管理や食事管理はもちろんのこと、継続的な運動もとても大切です。
そうはいっても、なかなか身体を動かす習慣はつきにくいのが現状ではないでしょうか。
運動というと身構えてしまう方もいるかもしれませんが、ちょっとした気の持ちようと日常生活の工夫で運動量は上がるものです。そして身体を動かすことを気持ちよく感じるようになることが、さらなる運動やスポーツにつながります。
このシリーズでは、腎移植後の生活に運動を取り入れていく具体的な方法について、聖マリアンナ医科大学病院の丸井祐二先生に解説していただきます。
運動の効果
みなさん、こんにちは。聖マリアンナ医科大学の丸井祐二です。世界移植者スポーツ大会など、移植者のスポーツに関わる機会を持たせていただくうちに、移植後の運動の重要性を強く感じるようになりました。今回のシリーズでは、是非皆さんにそれを知っていただき、日々の生活に少しでも運動を取り入れることで、より楽しく充実した生活を送っていただけたらと思っています。
一般的に身体活動量が多い人や、運動をよく行っている人は、総死亡率や、虚血性心疾患、高血圧、糖尿病、肥満、骨粗しょう症、結腸がんなどの罹患率や死亡率が低いこと、また、身体活動や運動が、メンタルヘルスや生活の質の改善に効果をもたらすことが認められています。
更に高齢者においては、歩行などの日常生活における身体活動の維持が、認知症や寝たきりになるリスクを減少させる効果が示されています。生活習慣病の予防効果は、身体活動量に比例して上昇し、10分程度の歩行を1日に数回行う程度でも健康上の効果が期待できます(*)。
一方、腎移植後の運動が、移植腎に良い影響を与えているのかという点に関しては、日本にはまだエビデンス(客観的・科学的な証拠・根拠)がありません。ただ、日本腎臓学会から出されている「エビデンスに基づくCKDガイドライン2013」では、メタボリックシンドローム※1は、腎機能低下とアルブミン尿※2の危険因子であるとされています。
腎移植後は体調が良くなり食欲も増進するため、体重が増加しやすくなりますが、肥満や、体重増加による高血圧、耐糖能異常、脂質異常などは、このメタボリックシンドロームを引き起こし、移植腎機能にも悪い影響を及ぼします。
「食事がおいしくて、つい食べ過ぎちゃう・・・」と思っているあなた。私たちとともに、ご自身の体の状態や腎機能に合った、適度な運動を見つけてみませんか。
※1 メタボリックシンドローム:内臓脂肪型肥満(内臓肥満・腹部肥満)に高血糖・高血圧・脂質異常症のうち2つ以上の症状が一度に出ている状態のこと。
※2 アルブミン尿:アルブミンは蛋白の中でも分子量が小さく、微量のアルブミンは蛋白尿が陽性になる前から尿中に現れる。
運動習慣があまりない方へ(運動習慣がある方もどうぞ)
腎不全の患者さんは、運動負荷により尿タンパクが増加したり、クレアチニンが上昇するのを防ぐことを重視し、運動を控えるよう指導されることがあります。
一方、透析患者さんでは、体調に合わせて運動やスポーツを行う上での制限はあまりありませんが、それまでの生活様式が続くことが多い上に、透析に伴う体調の変化から、実際には運動習慣のある方は少ないのが現状だと思われます。
そのようなわけで、まずは運動になじみのない方が何からはじめたらよいかを一緒に考えましょう。
<目標とボディーイメージ>
ヒントは、目標とボディーイメージです。
まず、なんとなくできそうな、簡単な目標を立てましょう。例えば、毎週土曜日は20分歩くとか、体重61kgの人が60kgに減量するとかです。減量は運動ではないのですが、先に述べたように体重が増えることで身体に起きる悪影響をなくすためという目的で運動するのですから、いいことにしましょう。
次にボディーイメージです。理想の体形になれたら言うことないのですが、そこまではいかなくても、猫背を直そう、とか、おなかが出ているのが引っ込んだらいいな、とか思いませんか?また、表情も有効なイメージです。辛気臭い表情より、にこやかな表情のほうがいいし、眠そうな目より、パッチリおメメの方がいいことありそうです。そして、自分がどんな行動をしている姿が良いイメージでしょうか。晴れ渡る青空の下で両手を伸ばして深呼吸している姿、はつらつと洗濯物を干す姿、カラオケで気持ちよさそうに熱唱している姿、ボーリングでストライクを取ってハイタッチしている姿、両腕を元気よく振って歩く姿、パソコンに向かって背筋をピンと伸ばしてかっこよく仕事をする姿、などなど。
では、これらの目標とボディーイメージを達成するには・・・、実は、頭に浮かべた時点で、もうほとんど達成できたようなものなのです。逆に言うと、こうした考えを持ったことがないか、または「こうなるといいな、でも無理だろうな」という気持ちが達成を妨げてきたのです。
日常生活の中で筋肉を使う工夫
運動とは、筋肉を動かすことです。歩くことはもちろん、立っているのにも筋肉を使っています。呼吸だって筋肉を動かすことで成り立っています。目的を持って筋肉を動かすと運動といえそうです。ですから家事も立派な運動です(立派な労働でもあります)。生活の中での身体の動きを、意識して運動といえるような動きにしてしまいましょう。
<良い姿勢とおなかが平たいイメージ>
まず思いつくのが姿勢です。良い姿勢は、実は身体に負担の少ない姿勢なのですが、楽な姿勢は必ずしも良い姿勢とは限りません。そこで先に出てきたボディーイメージが役立ちます。理想的な姿勢として、頭のてっぺんが、上からたれてきた糸につるされ、引っ張られているような姿勢を思い浮かべてください。今、ちょっと背筋を伸ばしたあなた、いつもは少し猫背気味になっているかもしれません。そして、良い姿勢を保つのは、結構体幹を意識していなければならないことに気づくでしょう。
それからおなかです。中年になっておなかが出てきたというのは、多くの人が思っているかもしれませんね。自分のおなかが平たくなったイメージを、おなかを引っ込めて実現してみてください。簡単なことなのですが、他の事をしているうちに、気がつくと力が抜けちゃっていますから、気がつくたびに引っ込めてみましょう。これも、おなかの筋肉を使っているな、と感じられるはずです。
実は、これらの行動は、身体の深部の筋肉(インナーマッスル)を意識して使うことにつながっています。特に姿勢を保つための脊柱起立筋(背中の中心部を縦に細長く走っている筋肉群)と、おなかを引っ込めるための腹横筋を鍛えることは、腰痛の予防、改善につながります。そして、筋肉が少しずつ増加してくれば、基礎代謝が上がってカロリーを消費してくれます。これらの姿勢や腹筋を意識しながら、家事をしたり、通勤や仕事の時間を過ごすことで、時間もお金もかけないで日々の運動量を増やすことができます。1週間、2週間と続けているうちに、もう少し身体を動かしてみたいなという気持ちがわいてくるはずです。その頃には、自分の思い描いたボディーイメージにずいぶん近づき、やりたいと思っていたことを行動に移している自分に気づくでしょう。つまり、体重減少にもつながるわけです。
<深呼吸>
筋肉を動かすにはエネルギーと酸素が必要です。そのため、体中に酸素を送る、心臓と肺にも活躍してもらう必要があります。次の要素はもうお分かりですね。そう、深呼吸です。深く長い呼吸をすることで、呼吸筋を十分動かし、肺を大きく広げ、体のすみずみに酸素が送られます。私たちは無意識に呼吸をしていますが、意識的に深呼吸をすることは、立派な運動なのです。両手と胸を広げてたくさん空気を吸い込み、両手を前に閉じて前かがみになるようにゆっくり、肺の空気を全部吐き出してみましょう。
何度か繰り返すと、少し汗ばんでくるのが実感できると思います。これは、血液が酸素を身体の隅々まで運搬し、筋肉がカロリーを燃やしてくれているからです。
今回お話したことは、いつでもどこでもできます。そしてその効果を、体重計と鏡で、ときどき(毎日?!)確かめてみてはいかがでしょうか。
*出典:厚生労働省ホームページ(http://www1.mhlw.go.jp/topics/kenko21_11/b2.html)