先日、「いつまでこれを続ければいいのでしょうか?」と、ある患者さんから問いかけがありました。その方は、新型コロナウイルス感染への心配が強く、外出を可能な限り控え、信仰深い方なのに教会へも出かけないようにしていました。そして、感染予防のために、玄関から自宅の中に持ち込むものの消毒を徹底してきました。帰宅時に着ていた服は洗濯し、すぐに自分の体をお風呂で洗います。ご主人も協力してくれるようになりました。人一倍警戒心が強い背景には、長い間の透析から解放してくれた移植腎への思いがあるのだと思います。腎臓を提供してくれた方のためにも、感染を予防し健康を保って、長持ちさせたいとの気持ちが強いのでしょう。
その方は、心配が募るせいで、出かけることや人に会うことへの恐怖感や億劫な気持ちが増えてきているようで、本人曰く、「コロナ鬱」になっているのかもしれないとのことでした。全力で予防策を講じ、神経を使い続けてきたことによる疲れがたまっているように思われました。

そこで、今の状況において、どんな処方せんを差し上げるべきかを考えました。それは、スペシャルなおくすり「あいうえお」です。

【あ】 は「アナログで話そう」
【い】 は「いつまで?と考えないで生活しよう」
【う】 は「上を向いて歩こう」
【え】 は「選んで納得」
【お】 は「おおらかな気持ちでいよう」です。

【あ】アナログで話そう

直接誰かの「声」を聞き、できれば顔を見て、気持ちのキャッチボールを楽しみましょう。私は外来で患者さんのお顔を拝見し、声を聞くことで、さまざまな気持ちや考え方が理解でき、何が心配で、どんなことが生活を苦しめているのかを知ることができます。メールやチャットではなく、電話で話したり、オンライン通話やテレビ電話で表情を見ながら話したりすることで、初めて気持ちが伝わることもあると思います。きっと相手も連絡を待っていますから、声を聞かせてもらいましょう。

【い】いつまで?と考えないで生活しよう

「いつまで?」ではなくて、「このやり方なら慣れていけそうだ」という、持続可能な生活をしていくことが現実的だと思います。とにかく、どこもかしこも消毒しなくちゃ気持ちが収まらない!と、いつも感じて行動してきた方は、全力疾走で走り続けているのと同じで、そのままでは、どこかで息切れしてしまいます。これまできちんとしてきた方なら、もう慣れたから毎日続けても気にならないことと、そこまで念入りでなくてよいと思えることが見えてきたのではないかと思います。そこで、生活のルールを決めて、ルールに合わせているのだから大丈夫、とリラックスして毎日を過ごしていただきたいのです。
ルールの基本は、飛沫感染予防と接触感染予防です。マスクをしている人同士なら、長話しでなければ、対面でのお話も大丈夫そうです。1.5~2m離れていれば、マスクなしでも感染しないと考えられています。一方、人が集まるときは換気を心がけましょう。
接触感染予防は、基本的には手指消毒をすれば大丈夫です。家に持ち込むものにウイルスがついているのでは?と心配になる方もいると思いますが、現在の感染の頻度から考えると、多くの人が触ったものでなければ、その可能性は高くはないと考えて、しっかり手洗いをするのでよいのではないでしょうか。でも、すでに習慣として、外から家に入れたものの表面消毒や、2~3日は触らないでおくことに慣れている方が、その行動を続けることには異論はありません。同様に、帰宅時に着替えや洗面、お風呂を済ませる習慣も、これですっきり、という気持ちになるのであれば続けてよいと思います。

【う】上を向いて歩こう

私の住む川崎市が生んだ大人気歌手、坂本九さんの名曲です。この3番目のくすりは、ずばり、姿勢と体幹トレーニングの処方です。上を向いて、胸を張っている時間を作りましょう。
よい姿勢は、頭が体の縦の中心線(くるぶし、股関節、肩を結ぶ垂直線)の上、すなわち「気をつけ」の姿勢で目線は上向きです。この姿勢で、おなかをへこませながら、腕を振って歩きましょう。5分以上、できれば20分目標です。朝の太陽に向かって歩けば、体内時計がリセットされて、夜の睡眠の質が改善されます。

【え】選んで納得 -自分で選択し、判断するチカラを養おう-

感染予防のために家から出ないことと、自分にとって大事な行動、どちらを取るかを決めるときが来ていると思います。
家族や友人に会うこと、趣味を楽しむこと、行きたい場所に行くこと、ストレス発散に必要だったこと。培った感染予防の知恵を発揮して、自分にとって大事な行動を実現できる方法を探してみましょう。散歩なら、安心と思える時間、場所を選択。電車、バスは乗った後の行動をきちんとすればよさそうです。人と会うときは、マスクの確認や、時間を区切ることなど、対策について事前に相手と話せるとよいですね。会食は、人数と必要性を考えて行いましょう。難しいと思うときは、勇気をもって我慢し断ることも、最良の選択だと信じましょう。きっと、親しい人は分かってくれます。
また、生活に取り入れる情報を選択することも大切です。ワクチンや治療薬など、期待の大きな情報の場合は、その不確実性をよく見極めたいものです。健康維持への特効薬はありません。要点を押さえて日々を過ごしていくために、役立つ情報を選択し、活かしていきましょう。

【お】おおらかな気持ちでいよう

当院における重症の患者さんへの治療戦略は、この数カ月で成果を上げ、欧州や日本では、亡くなるほどの重症者は、第一波の時のようには増加していません。
ただ、感染状況はまだ落ち着きませんので、「自分がこんなに気を付けているのに、遊び歩いている人がいるから、感染が収まらない」とか、「電車に乗ったら、マスクをしない人やお菓子食べている人がいた、信じられない」などと、周りの人のことが気になっている方もいるでしょう。
また、自分や家族の予防対策では、どこまで消毒しても安心できず、やり残しがあるのではないかと心配になる人もいるでしょう。もちろん、免疫抑制薬を飲んでいる方や持病がある方に、自分も家族も予防最優先でなければダメ、という気持ちがあるのは当然です。本当はウイルスが悪いのに、自分や他人にイライラしてしまうときがありますよね。それもきっとウイルスの得意技に違いありません。
手ごわい相手ですから、「自分のルールをちゃんと守っているから大丈夫」とほがらかな気持ちで生活できることを目指すのが、今しばらくはよさそうです。大丈夫だと納得できれば、心の余裕が生まれ、自然と、他人にも自分にもおおらかな気持ちになれるのではないでしょうか。心の健康は、体の免疫力維持に欠かせません。

この処方せん「あいうえお」が皆さんのお役に立ち、毎日の中で、少しずつでも楽しい時間を実感していただけるようになれば、と切に願っています。