日本海側では大雪が降ったかと思えば、太平洋側では暖かい日もあり、自然はいつも私たちの予想の及ばないところがありますね。外出の機会が少なくなったとはいえ、皆さんには引き続き寒さと乾燥には気を付けて、体調維持をしてほしいと思っています。
※このコラムは2021年2月11日時点の情報に基づいて書かれたものです。
新型コロナウイルスのワクチンについて
さて、新型コロナウイルス対策の要となるワクチン接種が日本でも始まります。本稿では、現時点で公開されているワクチンの情報について、できるだけわかりやすくお伝えしたいと思います。
現在、日本が供給を受けることで合意しているワクチンは、
① ファイザーとビオンテックが開発したmRNAワクチン(BNT162b2)
② アメリカ国立衛生研究所とモデルナが開発したmRNAワクチン(mRNA-1273)
③ オックスフォード大学とアストラゼネカが開発したウイルスベクターワクチン(AZD1222)
の3種類です。さて、聞きなれないmRNAワクチン、ウイルスベクターワクチンとはどのようなものなのでしょうか。
mRNAワクチンとは
mRNAワクチンは、接種すると新型コロナウイルスの外側にあるスパイクを形作るたんぱく質の情報がmRNA(メッセンジャーリボ核酸)に含まれ、ワクチン接種した部位の細胞内に、mRNAが入り込むことでスパイクたんぱく質を合成します(図1)。
少し詳しく説明しますと、このワクチンは脂質ナノ粒子という脂肪の膜でmRNAを包んだ形態をしており、細胞に取り込まれてmRNA分子が細胞内に入ります。また、mRNAというのは通常、私たちの細胞の中でタンパク質を合成するための設計図となるDNA(後述)を鋳型のようにして核内で翻訳合成され、核から出て細胞内のリボゾームというたんぱく合成装置に情報を伝える役割をしています。
今回のワクチンは、mRNAが直接リボゾームに働きかけてスパイクたんぱく質を合成する仕組みです。このスパイクたんぱく質が細胞の表面に現れて、免疫機構の中心的存在であるヘルパーT細胞へ、ウイルスをやっつけるための標的(スパイク)の情報伝達を行います。T細胞は免疫機構を活性化し、抗体を作るB細胞へ情報伝達することで、ウイルスをやっつける「抗体」の産生が始まるという仕組みです。mRNAはその後分解されてしまうため、体内に残ることなく安全であるとされています。
(図1)
Longo D., Castells M. et al. Maintaining Safety with SARS-CoV-2 Vaccines. NEJM, Dec 2020より改編
① ファイザーとビオンテックが開発したmRNAワクチン(BNT162b2)について
アメリカ、アルゼンチン、ブラジルで4万人以上が治験に参加しました。ワクチンと、プラセボ(効果がない生理食塩水)を接種する人に分け、21日間を開けて2回のワクチン接種が行われた結果、4カ月の時点で、ワクチン接種群の感染者8人に対して、プラセボ接種群は162人であり、2回目接種後7日以降の効果は95%と判断されています。感染の時期を示した図(Figure3: Efficacy of BNT162b2 against Covid-19 after the First Dose.)では、1回目の接種から13日以後で感染の発症に差が見られます。重篤な有害事象は4例で、リンパ腺腫脹、肩の障害、不整脈、右足麻痺ですが、有害事象により亡くなった方はいませんでした。その他の有害事象は、合計ではワクチン群で約80%に及びましたが、多くは注射部位に関連する痛みや発赤などで、全身症状では、倦怠感や頭痛、筋肉痛、寒気、関節痛などでした。ほとんどが数日で改善したと報告されています。
Polack F. et al., Safety and Efficacy of the BNT162b2 mRNA Covid-19 Vaccine. NEJM. Vol.383 no.27, Dec 2020
② アメリカ国立衛生研究所とモデルナが開発したmRNAワクチン(mRNA-1273)について
アメリカでの治験に3万人以上が参加しました。①のワクチンと同様にワクチンを接種する人とプラセボを接種する人に分け、こちらは28日間を開けて2回のワクチン接種が行われ、4カ月観察の結果、ワクチン群の1年に換算した1,000人当たりの感染者は5.6人に対して、プラセボ群では79.7人であり、ワクチンの効果は94%と判断されています。感染の時期を示した図(Figure3:VaccineVaccine Efficacy of mRNA-1273 to Prevent Covid-19.)
では、①と同様に1回目の接種から13日以後で感染の発症に差が見られました。また、重症感染症がプラセボ群で30例あったのに対して、ワクチン群での発症はありませんでした。重篤な有害事象は3例の顔面麻痺がありましたが、ワクチン接種による呼吸器疾患の悪化(過去のコロナウイルスワクチン開発において問題視されたそうです)はなく、ワクチン接種に関連して亡くなった方はいませんでした。その他の有害事象は、ワクチン群で約80%に及びましたが、多くは注射部位に関連する痛みや発赤などで、全身症状では、倦怠感や頭痛、関節痛などでした。ほとんどが数日で改善したと報告されています。
Baden L. et al, Efficacy and Safety of the mRNA-1273 SARS-CoV-2 Vaccine. NEJM. Dec 2020
これら2つのmRNAワクチンは全く独立した研究で開発されたものですが、非常に似たものが実用化され、かつ効果も同等に優れたものである点から、専門家は以下のHP(December 30, 2020)において、有効性と安全性においてとても期待が持てると述べています。
NEJM Coronavirus Update, December 30, 2020
ウイルスベクターワクチンとは
ウイルスベクターワクチンは、ウイルスが細胞に接着すると、遺伝情報を載せたDNAまたはRNA分子を核内に取り込ませて、持ち込んだ遺伝情報によるたんぱく質を作らせる仕組みを利用しています。ベクターとは、運んでくれるもの、というような意味です。通常、ウイルスは自分の複製を細胞内で沢山作らせるため感染するのですが、ワクチンに用いるウイルスでは、細胞に取り込まれても自分が複製できないように加工されています。
現在、ワクチンのために用いられているウイルスに格納されている遺伝分子は、DNA(デオキシリボ核酸)です。DNAは私たちの細胞の核内にある遺伝情報を載せた分子で、二重らせんを形成しながら毬のような形となって集合し、染色体となっています。このDNAの遺伝情報を受け取って、実際にタンパク質合成のための情報をリボゾームに伝えるのがmRNAです。RNAに比べてDNAは安定しており、特にウイルスに格納されたDNAは超低温でなくても安定しているという、保存上のメリットがあると考えられています。また、アデノウイルスが細胞に接着することで、免疫反応を引き起こし、感染細胞の破壊や抗体産生を促進すると考えられています。
③ オックスフォード大学とアストラゼネカが開発したウイルスベクターワクチン(AZD1222)について
ワクチン③は、以上のような仕組みを利用し、チンパンジーアデノウイルスのDNAに、新型コロナウイルスのスパイクを形作るたんぱく質の情報を組み込んだワクチンです(図2)。接種後、このベクターワクチンが細胞に接着して細胞内に取り込まれ、細胞内でスパイクたんぱく質が合成される一方で、アデノウイルスは複製されません。アデノウイルスの侵入を察知して、免疫担当細胞の働きが活発化し、そのうちのマクロファージという細胞が、合成された新型コロナウイルスのスパイク及びそれを形作るたんぱく質(抗原)を認識します。また、侵入された細胞を破壊し、抗原をT細胞に教えることで、抗体産生とウイルスが侵入した細胞の破壊を促します。
(図2)
Jonathan Corum and Carl Zimmer.
How the Oxford-AstraZeneca Vaccine Works.The New York times. Updated Jan. 8, 2021より改編
2020年12月の報告では、イギリス、ブラジル、南アフリカでの11,636人への接種の結果では、ワクチン群5,807人のうち30人の感染、に対してプラセボ群では101人の感染が認められ、有効率は70.4%とされています。接種後2週間での調査では99%以上に抗体が認められ、プラセボ群では10名が入院、2名重症であったのに対して、ワクチン群に入院患者はいなかったとのことです。有害事象は約80%の人に認められ、接種部位の反応、及び倦怠感、頭痛、発熱、筋肉痛がほとんどで、重篤例はなかったとのことです。
The Oxford/AstraZeneca COVID-19 Vaccine: Encouraging Interim Results. Rio C. et al. Lancet 2020 Nov 18
以上、できるだけわかりやすく概説してみたつもりですが、ワクチンによる抗体獲得の仕組みについてご理解いただけましたか。新型コロナウイルスに対する抗体が体に備わることで、ウイルスが体に侵入しても、抗体が1つ1つのウイルス粒子に取り付いて感染が成立しないように準備してくれるのが、ワクチン接種の目的なのです。
腎移植者のワクチン接種について
腎移植者に必要なワクチン接種は、感染症の感染および重症化を予防することにより、移植腎の長期維持、生命予後の改善を目的として行われます。免疫抑制薬服用中は、生ワクチンは接種できませんが、インフルエンザワクチンなどの不活化ワクチンは、移植者の皆さんも主治医の指示のもと、必要に応じて接種されていると思います。インフルエンザワクチンは、不活化したインフルエンザウイルスを接種し、インフルエンザに対する抗体産生を促して感染から身を守る手段で、全世界で移植者に推奨され、毎年行ってその効果が確かめられてきました。現在まで、インフルエンザワクチン接種により拒絶反応が増加した、またはインフルエンザワクチンが、明らかに移植者には有効性が低かったという報告はなされていません。一方で、前述の一般人に対する新型コロナウイルスワクチン接種の報告における有害事象の発症は、インフルエンザワクチン接種と比較してみると、局所での副反応が多いことが指摘されています。
新型コロナウイルスについては、ウイルスへの警戒を呼び掛けた日本医師会 中川俊男会長による本年1月の声明の中に、以下のような趣旨の説明がありました。「国民の予防行動のおかげで明らかにインフルエンザの発症は激減しているのに、新型コロナウイルス感染及びその犠牲者は増加の一途であることから、感染力や重症化率はインフルエンザより非常に高いと判断され、引き続き厳重な感染対策が必要と考えられる」
日医on-line:新型コロナウイルス新型コロナウイルス感染症に関する最近の動向について
また、私が理事を務めるWorld Transplant Game Federation(世界移植者スポーツ大会連盟) の医師部会から、2021年2月1日に参加国の代表に向けて出された声明では、移植者がワクチン接種することを推奨しています。この医師部会には、イギリス代表理事としてオックスフォード大学の移植医も参加しています。
このような点からも、免疫抑制薬の服用継続が必須である移植者は、新型コロナウイルス感染予防および、感染後の重症化軽減に寄与することが期待されるワクチン接種について、移植の主治医と十分に相談の上、接種を検討されるのがよいと思います。
(参考)
日本移植学会 COVID-19ワクチンに関する提言(第1版)
日本感染症学会 COVID-19ワクチンに関する提言(第1版)