新小倉病院 脳神経外科部長 吉開先生に、臓器提供側である脳外科医から見た移植医療、臓器提供の現場でのお話をいただくシリーズ。第2回目の今回は「脳死下と心停止下 臓器提供方法の相違」に関してお話を頂きました。吉開先生は、2013年5月に文芸社より発売された 『移植医療 -臓器提供の真実-』 の著者でもいらっしゃいます。
はじめに
脳死下臓器提供と心停止下臓器提供。この二つの提供法には共通点がほとんど無いのですが、その差違を全て説明するには10稿以上が必要です。そこで本稿では、主に脳神経外科医師の立場から見た相違点、特に一般には余り知られていない心停止下臓器提供に 焦点を置いて説明したいと思います。その範囲は、ご家族が臓器提供を承諾された時点から手術室搬入までとし、提供法のハード面のみを解説します。
脳死下臓器提供の流れ
日本臓器移植ネットワーク(JOTNW)のホームページ(HP)には、脳死下臓器提供のマニュアルやフローチャートが詳細に掲載されています(HP内の、法令・ガイドライン等&マニュアル欄を参照ください)。つまり脳死下臓器提供は、それだけ画一化された方法なのです。
臓器提供が正式に決定すると、提供施設の主治医ら(脳神経外科あるいは救急救命科の専門医二人)は、コーディネーター(Co)らと共に、法的脳死判定の諸検査を約2時間で行います。第一回目の検査で病状が法的脳死状態と判明すれば、更に6時間後(15歳未満は24時間後)に再度同じ検査をします。そして第二回目の検査でも脳死と判明すれば、 心臓が拍動して体が温かくとも、その二回目の判定時刻を死亡時刻として主治医は死亡診断書を作成し、提供者ご本人は死亡したことになります(法的には脳死体と称されます)。 脳死判定後の患者管理や医療行為は、外部から訪れるメディカルコンサルタント(移植専門医)が引き継ぎ主導します。 なおご家族は、これらの手順に納得された上で提供に承諾されています。
法的脳死確認の知らせを受け、日本全国で移植を受ける方々が選抜され決定します(腎臓だけは同じ都道府県内で選抜)。そして多くのコーディネーター(Co)や、全国からの各臓器摘出医師団(移植専門医)総勢数十名が、提供病院に集結し、綿密な臓器摘出・搬出スケジュール(臓器搬送時刻と手段など)を作ります。全ての準備が整うと、ご本人は手術室へ搬入されます。そして心臓、肺、肝臓、腎臓、膵臓、組織の順に摘出され、速やかに搬出されます。
この事で、提供病院の主治医の役割は画一的であることが分かります。集結した大勢の外部スタッフが、脳死下臓器摘出をマニュアル通りに遂行しますので、主治医は、臓器提供や移植に関するベテランでなくとも勤まります。しかし病院の看護部、手術部、検査部、事務部はそのマニュアルに従う必要があり、提供病院全体が相当な負担を強いられることは確かです。ただし、脳死判定以降の全ての手順は3~4日間で必ず終わりますので、脳死下臓器提供は、提供側にとって短期濃密な負担と言えます。
心停止下臓器提供の流れ
心停止下での臓器提供は、当然ながら心臓が拍動を止める通常のご臨終の後に行われます。しかし提供臓器(主に腎臓。心・肺・肝は提供不可能)は、心停止による血流途絶後、わずか十数分の間に傷(いた)んでしまいます。そこで、脳死下提供のような「心臓が動いている状態でスケジュールに沿って手術室へ搬入する」ゆったりとした落ち着きは、心停止下提供にはありません。心停止後少なくとも4~5分以内には、ご遺体を手術室へ搬入し、二つの腎臓を30分ほどの間に摘出し、保全搬出しなければなりません。
どの様な病気や外傷が原因であっても、危篤状態の方は、一様に血圧は低く心臓の状態は非常に不安定です。その後数日間あるいは1~2週間の内にお亡くなりになることは確実であっても、心臓がいつ止まるのか、あるいは急激に止まるのかゆっくりと止まるのか、全く分からないのです。そのような状況下に、心停止後、分刻みの速やかさで臓器提供を成功させるためには、1.心停止までの医療行為、2.手術室とそのスタッフへの対応、3.移植医師団への対応、などの多くの配慮と事前準備が必要です。そしてその全ては、提供病院の主治医の手腕に委ねられます。その詳細は、拙書 「移植医療 臓器提供の真実(文芸社)」 に著していますが、本稿では以下に簡単に説明します。
1.心停止までの医療行為
もともとベストを尽くした治療の結果の危篤状態ですから、提供者ご本人には、人工呼吸器・昇圧剤・強心剤などが装着、投与されていることがほとんどです。そして血圧が徐々に低下し30~40mmHgほどになれば、腎臓で尿は作られなくなり、利尿剤も効きません。この時腎臓の機能だけを温存しようと、点滴を大量に投与しても効果は無く、ご本人が水ぶくれを起こし、顔や手足が腫れるだけになります。私は、脳神経外科医師であり移植医ではありませんので、死戦期に特定の臓器だけを可愛がる処置を好みません。私は、臓器提供する、しないに関わらず、ご本人に無理な負担がない臨終をお迎えすることを旨とし、無益な薬の投与は控えています。しかし、臓器温存目的の医療行為の追加は、提供側の医師と摘出医師が相談して決めれば結構とも思います。
2.手術室とそのスタッフへの対応
臓器摘出手術に必要な全ての器具は、摘出医師が自分の病院から持参します。提供病院側は手術室一室と手術部の専門看護師を提供します。しかし、いつ心停止が訪れるか全く分からず、待機が延々と続きます。救急病院のいくつもの手術室では日頃多くの手術が行われているため、常に一室を確保し空室にしておくことは不可能です。もしその様な無理な確保をすれば、病院全体から疎まれ嫌われてしまい、二度と臓器提供は出来なくなるでしょう。そこで、提供者の血圧が低下し脈拍が遅くなるにつれ、主治医はいつも手術部の空室の有無を心配り、他科の医師等にとても気を遣うことになります。更に、昼夜を問わず24時間、土日祝日全ての時間帯で、手術室の看護師が迅速にスタンバイする必要があります。当番の看護師は、連絡から30分以内には病院へ急行し手術室を準備しなければなりません。その様なスタッフの束縛や時間外手当も大きな問題となります。
3.移植医師団への対応
そして、最も重要かつ重大な配慮が、摘出医師団をいつ呼び出すかです。通常、提供病院の医師が臓器を摘出することはありません。大学や専門病院に勤務する移植専門医師が、主治医による血圧低下の知らせを受けて提供病院へ急行します。しかし到着まで数十分から1~2時間かかることが殆どであり、その間に心臓が停止しては、それまでの準備の全てが台無しになります。一方、僅かでも血圧が低下したからと医師らを闇雲に呼び出しても、心臓は停止せず「空振り」となることもしばしばです。すると、多くの通常業務を抱える摘出医師らは、自分の病院に戻っていきます。主治医としてはとても申し訳ない気持ちになります。
このストレスは集中治療室で担当する看護師にも当てはまります。自分が担当する数時間の勤務の間に、もし状態が急変して心臓が急に停止し、主治医への連絡が遅れたら、やはり全てが台無しになる。主治医に状態の変化を連絡するタイミングを逸しないように、看護師らもまた同様に緊張を強いられます。
そして、更なる問題は、提供側の主治医もまた多くの通常業務に追われていることです。外来や病棟診療、定例や急患の手術、当直などの全業務を、臓器提供とは無関係にこなさねばなりません。いつまで続くか、いつ終わるか分からない待機と分刻みの緊張。
医師も一人の人間であり、自身も家庭も大切にせねばなりません。しかし特にこの臓器提供に関わる数日から数週の間は、自身の健康管理も全てのプライベート行事も犠牲にするしかない状況に追い込まれます。
このように、心停止下臓器提供は、提供病院にとって長期不確定な負担と言えます。そして、この長期の膨大な負担が嫌で、臓器提供に関わりたくない医師が大勢いることも厳然たる事実です。
以上、通常は滅多に語られることのない臓器提供施設側の負担や苦労のごく一部を説明しました。次回は、私が経験した、ドナーカード所持確認と臓器提供のオプション提示の実際を解説する予定です。