日本における臓器提供の現状

1997年に日本で臓器移植法が施行されて23年が経過しました。2010年7月には改正臓器移植法が全面施行され、脳死下臓器提供数は増加し、さらに小児の臓器提供も可能となり、小児臓器移植も行われるようになってきました。しかし、法改正後、脳死下臓器提供数は増加しましたが、心停止下臓器提供数は減少しており、日本においては、移植希望者数に対して臓器提供数が非常に少ないのが現状です。
現在、日本で臓器移植を希望している人は約14,000人です。それに対して1年間に移植を受けられた人は約400人となっており、わずか2~3%の人しか移植を受けることができていません。1)
1)(公社)日本臓器移植ネットワークHP  https://www.jotnw.or.jp/explanation/07/03/(2020年10月12日)

■死体臓器提供の推移
臓器提供数

日本移植学会 2019 臓器移植ファクトブック

臓器提供数が限られる中、移植施設では、提供された臓器をよりよい状態で移植できるようにするための取組みが行われています。
先日、虎の門病院分院において行われた脳死下腎移植における腎臓の持続灌流保存について、分院腎センター外科部長の中村有紀先生にお話をお聞きしました。(取材日:2020年10月7日)

献腎提供における臓器保存

臓器移植のためにドナーの方から摘出された臓器は、レシピエントの血管と吻合されて血流が再開されるまで、血流はなくなります。この血液が移植臓器に流れていない時間を阻血時間といいます。通常、臓器への血流が遮断されてから、冷保存液が臓器に灌流されるまでの時間を温阻血時間、冷保存液の灌流から移植臓器の血流再開までを冷阻血時間、温阻血時間と冷阻血時間の和を総阻血時間といいます。阻血の許容時間は移植臓器により異なりますが、心臓で4時間、肺で8時間、肝臓や小腸で12時間、膵臓や腎臓では24時間といわれています。

臓器保存の方法には単純冷却保存法と持続灌流保存法の2つの方法がありますが、現在日本では、簡便な前者が主流となっています。
単純冷却保存法は、摘出した臓器を低温の臓器保存液に浸し、低温下での細胞の代謝抑制を利用して臓器の障害を減少させる保存方法で、この方法では、これまで保存液の改良を行うことで、臓器障害の抑制を行う取組みが行われてきました。しかし、高齢ドナーや心停止ドナーなどのマージナルドナーからの臓器提供における単純冷却保存では、細胞内ATP(※1)の分解により生成される物質が臓器内にたまり、虚血再灌流障害(※2)が発生することがあります。
一方、持続灌流保存法は、ポンプを装備した機械を用意して回路に臓器を装着させ、保存液を灌流させる仕組みです。単純冷却保存法による問題点を解決するために、臓器内の細胞に対して積極的に酸素と栄養素の供給を行ったり、老廃物の蓄積を防いだりすることにより、臓器の機能を維持することが試みられており、実際に、欧米の腎移植において、持続灌流保存法の有用性が数多く報告されています。

※1 アデノシン三リン酸:アデノシンという物質に3つのリン酸が結合した化合物の名称。筋肉の収縮など生命活動で利用されるエネルギーの貯蔵・利用にかかわる。
※2 虚血状態にある臓器や組織に血液再灌流が起きたとき、臓器・組織内の微小循環において種々の毒性物質の産生が惹起され、微小血管を中心として血管内皮細胞傷害や微小循環障害が生じて、さらに重篤な組織障害、臓器障害を起こすことをいう。

国内初の腎臓灌流保存装置実用化

日本の腎移植の臨床においても、腎臓灌流保存装置の導入を期待する声がある中で、旭川医科大学と旭川市の中央精工株式会社が5年をかけて腎臓灌流保存装置を共同開発し、2020年8月に東北大学病院での心停止下腎移植手術で初めて使用されました。その後、虎の門病院分院においても、脳死下腎移植2例がこの装置を用いて行われました。
腎臓灌流保存装置では、ドナーから摘出された腎臓の動脈にチューブをつなぎ、酸素や栄養分を含む保存液をポンプで流し込むことで臓器の状態を保ち、同時に、臓器が移植に適しているかを客観的数値で判断することが可能となっています。
今回開発された装置は国内4つの移植施設に設置され、レシピエントの同意の上で、移植手術で使用する臨床試験が進められています。

灌流装置

腎臓灌流保存装置 上部のモニターで灌流液の温度・流量・圧力・酸素濃度の状態を確認できる

虎の門病院 分院での使用経験 ー虎の門病院分院 中村有紀先生ー

今回の脳死下腎移植における腎臓灌流保存装置の使用について

今回2例の脳死下腎移植で持続灌流装置を使用しました。2人とも手術後に透析が必要になることもなく、元気に退院されました。
※献腎移植においては提供された腎臓が一時的に虚血状態に陥るため、手術後、腎機能が得られるまでに何回か透析が必要になる場合がある。

これまでの単純冷却保存法では、点滴で入れる冷却保存液の滴下数を目で見て、腎臓の状態を判断して対応していましたが、この持続灌流装置では、各設定を行うと自動で灌流が始まり、灌流液の温度・流量・圧力・酸素濃度の状態を数値で見ることができるので、それをもとに腎臓の状態を判断できます。レシピエントにとっては、移植して透析から離脱できることが一番大事なので、手術を成功させるために、術前に腎臓の状態を数値化して判断できる点はとてもよいと思います。
また、そのレシピエントを長期にフォローする際に、移植時の腎臓の状態と移植後の腎機能の相関性をみていくこともできると考えています。

準備の様子

手術準備の様子

この装置を利用した今後の展開について

日本においては、臓器提供数が少ないこともあり、提供頂いた臓器はマージナルドナーからの提供であっても極力移植しようということで移植手術を行っています。そのため、移植された臓器の機能が発現しない(PNF;Primary non-function)場合もあります。そのようなことを防ぐためにも、このような装置を利用し、各移植施設で移植臓器の状態を的確に判断できるようになればよいと思います。
これまでの冷却保存法でも、例えば、腎摘出から移植まで12時間程度で行えるのであれば、臓器保存の時間も短く、問題はないと考える医師も多いと思いますが、献腎移植は予定手術ではないので、手術室や手術のためのスタッフの確保がすぐには難しい場合もあると思います。他の手術が全て終わってから移植手術を開始するということもありますので、そうなると、臓器の保存時間も長くなり、移植後の機能発現にも影響を与える可能性が出てきてしまいます。
そのようなケースでも、持続灌流装置を回して臓器の状態を維持しておけば、臓器の状態を悪化させずに、翌日に予定手術として手術することも可能になります。献腎移植は突然決まることがほとんどなので、実際の手術までにさまざまな準備ができることは、レシピエントにとっても医療者にとってもメリットがあります。
この機械は今後さらに機能やサイズなどの改良が可能だと思っていますので、まずは各施設で症例数を増やし、国内の臨床研究にもつなげていきたいと考えています。

中村先生

虎の門病院分院 腎センター外科部長 中村有紀先生