手術が決まって、ドナーであるお母さんの様子はどのように感じましたか。

吉牟田さん:
母は「私で大丈夫なら」と言ってくれていましたが、手術に対しての恐怖感はもちろんあったと思います。無理はしないで欲しいと伝えましたが、実際に手術が決まった時はやはりけじめとしてしっかりと、「お願いします」という話をしました。
母は北田先生と話すと気持ちが落ち着く様で、手術前にも何度か先生に時間をとって頂き、納得いくまで話をし、絵や写真などを使って具体的な説明を受けていました。
先生のお陰で安心して前向きな気持ちになってくれたのだと思います。

先生はドナーさんにはどんな話しをするのですか。

北田先生:
まず、ドナーになることの意思を確認します。それが大前提ですが、それでも検査結果次第ではドナーとして提供できるかどうか分からないという事を伝えます。
腎臓が1つになっても、膵臓が半分になってもこれまで通り不自由なく生活できるという前提がないと移植をすることはできませんし、逆に、適応する事が分かればドナーさんの体も大丈夫だという事になるから安心して欲しい、と伝えています。

そして手術当日。その時の心境はいかがでしたか。

吉牟田さん:
九大では、生体での膵腎同時移植が初であるというのもありましたし、手術の一週間前から入院していましたので、いろんなことを考えたりして、気持ちはだんだん高ぶっていました。でも当日がきた時はもうそのピークも過ぎたというか、頭の中は真っ白でしたね。

先生の心境はいかがでしたか。

北田先生:
まさに戦場に行くような気持ちでした。
彼女を無事に助けなければ、という覚悟はもちろんですが、九州大学では初めての生体膵腎移植手術でしたからもし、うまくいかなかった場合、もう九州大学で生体膵腎移植手術をする事が出来なくなって、移植を待っているその他の多くの患者さんの希望の道を絶ってしまうことになるのではないか、というプレッシャーもありました。

吉牟田さんとの会話ややりとりはありましたか。

北田先生:
手術の前日、吉牟田さんからメールを貰ったのです。「私の事は先生にお任せしますが、お母さんだけは絶対救って欲しい」という内容でしたね。
そして、病棟から見えるキレイな夕陽の写真を送ってくれました。その日が初めての夕陽の写真だったのですが、その後、退院の日、次回の定期入院の日、など定期的に送ってくれました。
写真を見返すと日が沈む位置が少しずつ変わっていくのです。季節が変わっても共に生きている喜びを感じられる素敵な写真となりましたね。

吉牟田さんが実際に先生に送った夕陽の写真

手術はやはり大変でしたか。

北田先生:
手術自体は全く問題なく終わりました。
しかし術後、ICUに入ってからが大変でした。膵腎移植の場合、からだを動かすと血管がねじれてしまうので手術後5.6日ぐらいはICUで動かないよう寝てもらうようにしていますが、彼女の場合、ICUシンドロームになってしまったのです。ICUシンドロームによって血糖が上がったり肺水腫になったり、とても大変な状態になりました。
でも思い切って一般病棟に戻してから劇的に状態はよくなりましたね。

腎移植の場合はどの位ICUに入るのですか。

北田先生:
九州大学の腎移植レシピエントの方は、通常、1日だけです。また、入院期間に関しては、ドナーの方で約5日、レシピエントの方は約2週間の入院が基本です。膵腎移植になるとやはり少し長くなりドナーさんで2‐3週間、レシピエントさんは約1ヶ月です。

吉牟田さんは術後の様子を覚えていますか。

吉牟田さん:
手術直後は正直、地獄の様でした。ICUの中で幻覚を見たり、痛みとの戦いでしたね。少しずつ体調が戻りましたが、1ヶ月の入院中は体がついていくだけで精一杯でした。

手術後、初めて感じた喜びは何でしたか。

吉牟田さん:
ようやく食欲も少しずつでてきて、退院したその日の帰りにうどん屋さんへ寄った時です。今までは食事をする前にまず「今低血糖は大丈夫か」から始まって、血糖値を計り、食べるもののカロリーを計算し、それによってインスリン注射をし、このあとの運動量による低血糖症状を予防するべく次の食事の時間を読み・・・等々。
あれも考え、これもやって、「さあ食べましょう」という生活を続けてきました。だから、そういったことを何も考えることなく、出されたものを「美味しそう、いただきます!」とすぐに手をつけられる、これだけでもうしみじみと嬉しかったです。涙が出ましたね。

先生は吉牟田さんの体調の変化を感じましたか。

北田先生:
なかなか直接会う機会が少ないのですが、外来の担当医からはもちろん状態を聞いていますし、電話ではよく話をします。電話越しでもだんだんと声に力がついてきているのがはっきりと分かり、本当に嬉しく思いますね。
メールのやり取りも頻繁に行っていて、元気な様子を知らせてもらっています。

今、熱中している事や今後の夢はありますか。

吉牟田さん:
以前は、常に高血糖、低血糖に悩まされ、食に追われ、体調に追われ、それゆえに時間通りに過ごす窮屈な毎日が当たり前でしたので、我を忘れて何かに集中することが出来ませんでしたが、今は自由に、じっくりと物事を見たり考えたり取り組むことが出来る、これは本当にうれしい事です。
今は弓道にはまっています。集中してできる事がうれしくて楽しいです。ずっとじっとしていた生活を送っていたので、これからは色々な事にチャレンジしたいです。

ドナーの方への思いを教えてください。

吉牟田さん:
母がいるから私がいると思っています。もしかしたら私はもう生きていなかったかもしれないわけですから。母は昔からチャキチャキして元気なタイプの人です。このままいつまでも何事もなく天寿を全うして欲しいです。

先生への想いを教えてください。

吉牟田さん:
もちろん、先生への感謝は絶大です。
私にとって先生は他人じゃない気がしています。いつも何かあると節々にいてくれる存在です。一緒に喜んでくれることはもちろんですが、少し参っている時も的確な助言をしてくれたり、私の心の支えになって頂いています。

今後の医療に期待する事はありますか。

吉牟田さん:
移植という事に関しては、今の最新の状況や情報を皆に分かりやすく、そしてもっとオープンにしてほしい。 腎移植においては、多くの先生方に、透析だけでなく移植という選択肢がある事をきちんと説明して頂きたい。
それから、たくさんの薬を飲まなくてもよくなるような移植医療の確立を願っています。

今、移植を検討されている方、待機している方にメッセージをお願いします。

吉牟田さん:
私は移植をして本当に良かったと思っています。つらかった日々を思うと今がうそのようです。ですが、その時があるからこうしていられるのでしょう。ここにはまちがいなく希望があると思うのです。それを知ってほしいです。