移植手術に向けて
透析導入後の生活はどうでしたか。
花﨑さん:
岡山大学病院でシャントの手術を受け、退院後、地元の透析施設で透析を受けるようになりました。透析治療は、終了後はだるくてしんどかったのですが、透析をしないと死んでしまいますので、しょうがないと思ってあまり深く考えないようにしていました。
生活面では、当時勤務していた会社に理解があり、透析導入後も仕事を続けることができましたし、中学時代からやっていたバドミントンを続けることもできました。透析が無い日は朝から夜まで仕事をして、その後元気だったらバドミントンをしに行き、次の日は朝から透析を受け、昼から夜まで仕事をして、またバドミントンをしに行く、というように毎日のようにバドミントンをしていましたね。
その後、腎移植に向けてどのように話が進んでいったのでしょうか。
花﨑さん:
母は主治医から、「いずれは移植をしたほうがいい」と強く勧められていたので、私がこちらの病院で透析導入となった時に、腎臓内科の先生に移植を考えていることを話したようです。その後、荒木先生との面談の時間を頂き家族皆でお話を伺いました。
その時はどのようなお話がありましたか。
花﨑さん:
手術についての説明や、移植後の生活についてお聞きしたと思います。
荒木先生に初めてお会いした時の印象はどうでしたか。
花﨑さん:
先生は厳しく話をされたので、とても怖かったです。でも先生は間違ったことは言っていないし、本当は優しい人だと感じたので、初めから信頼していました。
荒木先生:
花﨑さんは3カ月以上薬を飲んでおらず、急激に悪化してICUに運ばれ、その後も数カ月ICUでの治療が必要だったという経緯がありました。カルテを一通りしっかり読んだところ、正直言って治療に対する姿勢に大きな問題を感じました。このままでは移植はできない、万一しても、また服薬しなくなって移植した腎臓がすぐ廃絶してしまうだろうと思いました。そのため、それらの懸念も踏まえ、その時は厳しくお話をしたと思います。
その後、ドナーはどのようにして決まったのですか。
花﨑さん:
父も母もドナー候補ではありましたが、父と私の血液型が一緒なので※、父がドナーになると言ってくれ、検査を受けてくれました。
父がドナーになることを決断したのは、荒木先生との面談の際に、「透析をしていると妊娠・出産はとても難しいが、腎移植後は透析中に比べて妊娠・出産できる可能性が高くなる」とお聞きしたことも大きかったようです。
※ドナーとレシピエントの血液型が違っても移植は可能です。
お父様と移植について何かお話はされましたか。
花﨑さん:
父と母は話していたと思いますが、私は特にしていません。ただ、もちろん父に対する感謝の気持ちはありました。父は何事もやると決めたら最後までやり抜く人で、寄り道せずに突き進むタイプなので、先生を信じて進んでいけば間違いはないだろうという気持ちが強かったのだと思います。私も父と同じ気持ちでした。
移植手術までの期間はどの位でしたか。
山下レシピエント移植コーディネーター:
花﨑さんが透析を開始されたのが2009年3月で、移植手術を受けたのが2010年2月ですので、移植までの期間は1年弱です。
荒木先生:
当時は、SLEの患者さんの場合、活動性が高いときには移植を行わない方がいいと言われておりましたので、花﨑さんの移植の際にも少し時間を空けて、SLEの活動性が沈静化してから手術を行いました。ただ、最近はSLEのコントロールができるようになり予後が良くなっていますので、移植手術を行うタイミングも以前とは変わってきています。
移植のための検査にはどの位の期間がかかりましたか。
花﨑さん:
私の印象ではそんなにかからなかったと思います。やるぞと決めたら、とんとん拍子で終わった印象です。
有森レシピエント移植コーディネーター:
現在は、当院における移植前の検査期間は大体3カ月となっています。