2016年3月23~25日に米子市で行われました、第49回日本臨床腎移植学会では、会長の杉谷篤先生(独立行政法人国立病院機構米子医療センター 副院長)が、たくさんの企画をされておりました。多くのシンポジウム(14テーマ)、教育セミナーの中から、小児腎移植、長期生着、生存に向けてのシンポジウム、そして「腎臓の再生」についての教育セミナーをレポートいたします。
できるだけ講演内容に忠実にレポートしておりますが、微妙に講演者の意図とずれていることがあるかもしれません。あらかじめご了解ください。
「腎移植患者の長期生存・生着率向上と免疫抑制療法」
透析や移植の技術が向上し、腎不全患者さんの生命予後は半世紀前と比較すると大幅に改善しており、特殊な場合を除いて、腎臓病は早期に生命を脅かす病ではなくなってきています。
生体腎移植においては、2001年以降の生着率、生存率は5年で90%を超えています。レシピエントも高齢者が増え、20年生着が普通になってくると、独居、老々介護、認知症の発症など、一般社会の動きの中で、長期に頑張るための工夫が必要になってきます(会長:米子医療センター 副院長 杉谷篤先生の言葉)。
そこで、腎移植後の長期生存率、生着率の向上に向けて何が必要であるかを、3つのテーマに分けて3名の講演者から話題提供を行うシンポジウムが企画されました。藤田保健衛生大学の剣持敬教授と広島大学の大段秀樹教授の司会で討論が行われました。
「移植腎が機能した状態でレシピエントが亡くなること(DWFG)への対策」
北海道大学病院 森田研
腎移植後の理想的な経過は、末長く移植腎が働き続けて長生きができることですが、寿命が来た時に移植した腎臓が働いている場合に、death with functioning graft (DWFG)という用語が用いられ、透析導入後に亡くなる場合と区別して呼ばれています。日本語では良い用語がないので、そのままDWFGで使用されています。最近では移植後30年を超える生着者がいらっしゃいますので、そのような場合は、DWFGはレシピエントにとって、人生を全うする理想的な形かもしれません。
しかし、移植後数年といった短い期間に、移植腎は上手く働いているのに他の原因で亡くなる場合は、大変痛ましいことであり、移植医療の敗北を意味するかもしれません。そこで、早期のDWFGを減らすために、原因の追究とその要因を減らす努力が必要です。
■DWFGの要因】
DWFGの要因としては、免疫抑制剤の服用が影響する感染症や悪性腫瘍、そして腎臓病の期間が長いことで起こる心血管疾患があります。
感染症は免疫抑制剤の強さと密接に関係があり、強すぎる免疫抑制は感染症の危険性を高めます。
悪性腫瘍は様々な要因で増加しますが、免疫抑制の他に、腎不全そのものによる発がんの頻度上昇があります。腎移植後に多くなる悪性腫瘍には、皮膚がん、固有腎がん(自分の腎臓のがん)、リンパ腫、婦人科がんがあり、注意が必要です。移植後の定期検査だけではなく、がん検診や人間ドックなどでの早期発見が勧められています。
心血管系疾患に関しては、腎移植を受ける前に腎臓病にかかっていたことが、心血管リスクを高めるとするデータが発表されています。加齢とともに心血管リスクは上昇するため、特に高齢者の腎移植後は、こういった心血管リスクを下げるために、禁煙は勿論のこと、糖尿病やメタボリック症候群にならないよう注意していくことが必要です。また、筋肉が落ちると活動性や認知機能の低下が起こるため、肥満に注意しつつも筋肉量の低下を招かないような栄養管理の工夫も必要です。
■DWFG予防のポイント
DWFG予防のポイントとしては、長年の腎臓病による心血管疾患の悪化を引き起こさないためにも、先行的腎移植を推し進め、腎移植後は定期的な検診による発がんチェック、免疫抑制剤の調整とメタボリック対策を十分行い、健常人が気をつけるべき内容を移植患者さんにも当てはめていくことなどがあげられます。高齢になっても健康維持を追究していくことが重要です。
講演後の討論では、心血管リスクを下げるための先行的腎移植に対して、透析を経てから移植を行うよりも、先行的腎移植の方が免疫抑制の期間は長くなるのではないか、という指摘や、活動性の評価のために適切な点数化をする方法について、そして高齢者の腎移植における精神神経科の医療チーム参加や、免疫抑制調整法などについて論議が行われました。
「腎移植後長期生着率の向上に向けて -DSA(ドナー特異的抗HLA抗体)、腎機能低下の対策-」
東京女子医科大学病院 奥見雅由先生
腎移植後の腎機能低下に直結する要因である抗ドナー抗体が移植前から存在するレシピエントにおける移植適応や、移植後に新たに形成されてくる抗体の検査方法、治療法、それらの抗体により引き起こされる拒絶反応(抗体関連拒絶反応)の対策について講演されました。
この場合の抗体は、生体細胞表面の個人標識であるドナーの組織適合性抗原(HLA)に対して、レシピエント体内で形成される抗HLA抗体のことを意味します。
一方、血液型不適合腎移植後に急性抗体関連拒絶反応を起こした場合は、移植後長期間が経過すると、抗HLA抗体が作られることによる慢性抗体関連拒絶反応に進展することが多いようです。これは、HLAの場合も血液型不適合の場合も、抗体を作る細胞や免疫機能が同一であることを意味しているのかもしれません。
■抗HLA抗体が存在するレシピエントの場合の移植方法について
現在のところ、これらの抗体が存在するレシピエントの場合の移植方法には決まった方法はなく、全国でも様々な方法が行われています。東京女子医大における多数の治療経験の詳細が紹介され、会場や司会の先生方から多くの質問が寄せられていました。
東京女子医大 泌尿器科では、移植前に抗HLA抗体が検出されていなくても、抗体形成の誘因となる輸血歴や移植歴があるレシピエントには、抗体を作るBリンパ球を減らす目的で、リツキシマブの投与を行っているそうです。
このリツキシマブ投与に関しては、「レシピエントが持っている抗体が、ドナーのHLA抗原とは関係がない場合は、腎機能が悪化することは少ない」という臨床データとは整合しないため、投与する意義が会場でも論議されていました。奥見先生のご経験では、予防的に投与することが将来の腎機能保持につながると考えられているようです。
また、明らかに抗体があり、感度が高い抗体検査だけでなく、感度の低い検査でも抗体が検出されるようなレシピエントの場合は、リツキシマブに加えて、血漿交換(体の外に取り出した血液を、抗体が含まれる血漿という液体成分と血球成分に分離し、破棄した血漿成分の代わりに献血された血漿やアルブミンで補う方法)や、大量ガンマグロブリン療法(抗体を血液製剤で大量に補充する治療法)を行い、免疫抑制剤の内服も、移植前の30日間という長期間行ってから移植をするそうです。このような症例でも生存率、生着率は良好だそうですが、拒絶反応の発生率は高く、半分以上で起こるそうです。
■移植後新たにドナー特異的抗体が発生した症例について
一方、移植後に新たにドナー特異的抗体が発生した症例は、移植腎生着率が悪く、これについても対策が必要です。奥見先生の発表では、術前にリツキシマブを投与していたレシピエントの方が、移植後の抗体関連拒絶反応の発生率が低かったということでした。どのような場合に拒絶反応のリスクが高くなるのかについては、抗体検査をさらに詳しく行うことが必要です。
慢性抗体関連拒絶反応は、いったん起こってしまうと根本的治療が難しく、じわじわと腎機能が悪化していき、最終的には透析が必要になるケースが多くなります。抗体産生が起きてしまうと治療は難しいので、免疫抑制剤をきちんと服用し続けるなど、予防をしっかり行うことが重要だと述べられていました。予防の例としては、抗体産生のリスクが高いケースでは、ミコフェノール酸モフェチル(MMF)の1日内服量は1000mg以下にはしない、などです。
また、抗体陽性のレシピエントの腎移植では免疫抑制が強化されるため、感染症などへのさらなる注意が必要となります。それと同時に、定期的な移植腎生検や抗体が産生されていないかを監視することが必要ということでした。
「長期生着・生存率向上を目指したタクロリムス徐放性製剤の使い方」
市立札幌病院 原田浩先生
移植腎の機能低下を招く要因として、先の奥見先生が述べられた抗体関連拒絶反応の他に重要なものとして、腎炎再発、移植腎線維化があり、これらが移植腎機能喪失の三大要因となっています。
抗体産生や移植腎線維化の背景として代表的なものには、免疫抑制不足、服薬不足がありますが、きちんと薬を飲んでいても移植腎機能が悪化することがあります。その一部に薬剤性の腎毒性の問題があります。シクロスポリンやタクロリムスに代表されるカルシニュリン阻害薬(CNI)は、副作用として、慢性的な腎臓の血管に対する毒性を持っています。また、そのほかの副作用として、高血圧、糖尿病になる傾向、脂質代謝異常などもあり、それらも解決しなければならない問題です。
CNIが使用されるようになって、急性T細胞性拒絶反応の頻度は激減しましたが、このような有害事象も伴ってくるので、CNIの毒性をできるだけ減らし、かつ細胞性拒絶反応や抗体関連拒絶反応を防止するにはどうしたら良いか、様々な試みが紹介されました。
■CNIの血管毒性を最小限にする試み
CNIの血管毒性は困った問題なのですが、その所見があったレシピエントは拒絶反応が少ないというデータもあります。害を及ぼさずに効果を最大限に引き出すコツとして、新たに開発されたタクロリムスの1日1回の内服製剤の使用による、薬剤濃度の安定化が効果があった、という実例を示されました。1日2回の内服製剤と同じ投与量でも、1日1回の製剤を使用することで、より腎毒性の少ない投与ができ、投与量が減らせることがわかってきています。1日1回の製剤は、ゆっくり体内で吸収されるように作られているため、血中濃度が安定して副作用が軽減されるメリットがあるようです。
腎移植患者さんは他にも薬を併用しているので、薬の服用が1日1回のみにはなりませんが、この薬剤を使用することで内服が簡便になり、飲み忘れや服薬不全が減ることが期待されます。それとともに、結果として投与量が減れば、糖尿病のリスクは減少させることができそうです。そうなれば、CNIの腎毒性を最小限にするために、1日1回製剤を取り入れて投与量を減らすという治療の方向性が見えてきます。
移植後管理に有利な特徴を備えた薬剤を実際にどのように使うのがベストであるのかを、このような学会の場で知ることが出来、会場からも具体的な使用法について質問が寄せられていました。
以上、どの移植施設も抱えている共通の問題について、会場は多くの移植医による熱気ある論議が行われました。いずれの問題についても、移植施設のスタッフが多くを学ぶことが必要ですが、移植を受ける側の患者さんも十分主治医の治療方針を理解して、内服薬管理や合併症管理を徹底することが長期生着、長生きの秘訣になっていくことが示されました。