糖尿病は、血糖値(血液中のブトウ糖の濃度)が高い状態が続く病気です。
健康な人の場合、血糖値は常に一定の幅に保たれるように調節されています。その調節に重要な役割を果たしているのが、血糖を下げる働きをもつインスリンというホルモンです。インスリンは、すい臓のランゲルハンス島という組織にあるβ細胞で作られます。食事をとり血液中のブドウ糖が増えると、すい臓からインスリンが分泌され、インスリンの作用によって、ブドウ糖が肝臓や筋肉、脂肪組織などに取り込まれ、エネルギーとして利用されたり、貯蔵されたり、蛋白質の合成や細胞の増殖が促されたりします。
このインスリンの分泌量が低下したり、分泌されてもうまく作用しなかったりすると、血糖が一定値を超えて高い状態が続いてしまいます。この状態が糖尿病です。血糖値が高い状態が続くと、全身の血管や神経が障害され、さまざまな合併症を引き起こします。
腎移植後はさまざまな要因によって糖尿病を発症しやすくなります。腎移植後に糖尿病を発症すると、発症していない人に比べて生命予後が悪く、心血管病のリスクがあがることが報告されています。また、糖尿病の発症により移植腎機能の早期悪化や移植腎喪失の可能性が高くなります。
移植腎を長持ちさせるためにも気を付けなければならない「腎移植後の糖尿病」について、東京女子医科大学病院 腎臓病総合医療センター 泌尿器科の奥見雅由先生にシリーズで解説していただきます。
1.腎移植後の糖尿病について(総論)
移植後糖尿病(PTDM:post-transplant diabetes mellitus)は、移植前には診断されず、移植後初めて発症した糖尿病のことを意味します。これを表すために、移植後新規発症糖尿病(NODAT:new-onset diabetes mellitus after transplantation)という用語が使用されていた時期もありましたが、移植前(末期腎不全状態)に糖尿病ではないと診断することは実践的ではないため、移植後に新たに診断された糖尿病を表現する用語として、PTDMを使用することが推奨されるように回帰しています(1)。
空腹時血糖値が126mg/dL以上、随時血糖値が200mg/dL以上、あるいは75g経口ブドウ糖負荷試験2時間値が200mg/dL以上のいずれか、さらに補助的にHbA1cが6.5%以上の時にPTDMと診断されます(2)。
PTDMは腎移植後約4~25%に発症すると言われており(3-5)、移植後1年以内に発症することが多く(6)、年々にその発症は増加していくとされています(7)。PTDM発生の危険因子として、糖尿病全般に対しては年齢(老化)、糖尿病の家族歴、肥満、移植前の耐糖能異常、人種が挙げられ、PTDMに特異的なものとしては献腎移植、ある種のHLAタイプ、HCV(C型肝炎ウイルス)感染、CMV(サイトメガロウイルス)感染、免疫抑制薬が挙げられます。
これらのPTDMの誘因となる様々な因子の中でも影響が最も大きいのは免疫抑制薬です。腎移植後に服用する免疫抑制薬の中で、ステロイドはインスリン抵抗性※1を、カルシニューリン阻害薬(シクロスポリンおよびタクロリムス)はインスリン分泌低下を引き起こすことで、耐糖能障害※2を起こすことはよく知られています。
PTDM発症に関しては、わが国の生体・死体腎移植の初期免疫抑制導入として約80%に使用されているミコフェノール酸モフェチルにより、その危険性が減少すると報告されています(3)。また、同じく初期免疫抑制薬として約80%で使用されているバシリキシマブを使用することによるステロイドからの早期離脱によって、PTDM発症率が有意に減少することが報告されています(8, 9)。しかし、mTOR阻害薬は肝のインスリン抵抗性を増加させ、末梢のインスリン抵抗性、β細胞毒性を引き起こしPTDM発症の危険性を増加させるとの報告もあります(10)。
以上、PTDM発症の危険因子として、特に免疫抑制薬の糖代謝に与える影響についてお話ししましたが、腎移植後は、免疫抑制薬を処方された通りに、毎日決められたタイミングや時間に確実に服用することが何よりも大切です。免疫抑制薬の服用において何か気になることがあれば、自己判断をせず、必ず主治医に相談しましょう。
※1 インスリン抵抗性:肝臓、筋肉、脂肪細胞におけるインスリン感受性が低下すること。
※2 耐糖能障害:インスリンの分泌不足や作用不良などによって起こる、血糖値の正常化機構が不良になった状態。
【文献】
[1] Sharif A, Hecking M, de Vries AP et al. Proceedings from an international consensus meeting on posttransplantation diabetes mellitus: recommendations and future directions. Am J Transplant. 2014; 14: 1992-2000.
[2] First MR, Dhadda S, Croy R, Holman J, Fitzsimmons WE. New-onset diabetes after transplantation (NODAT): an evaluation of definitions in clinical trials. Transplantation. 2013; 96: 58-64.
[3] Kasiske BL, Snyder JJ, Gilbertson D, Matas AJ. Diabetes mellitus after kidney transplantation in the United States. Am J Transplant. 2003; 3: 178-85.
[4] Yates CJ, Fourlanos S, Hjelmesaeth J, Colman PG, Cohney SJ. New-onset diabetes after kidney transplantation-changes and challenges. Am J Transplant. 2012; 12: 820-8.
[5] Pham PT, Pham PM, Pham SV, Pham PA, Pham PC. New onset diabetes after transplantation (NODAT): an overview. Diabetes, metabolic syndrome and obesity : targets and therapy. 2011; 4: 175-86.
[6] Sumrani NB, Delaney V, Ding ZK et al. Diabetes mellitus after renal transplantation in the cyclosporine era--an analysis of risk factors. Transplantation. 1991; 51: 343-7.
[7] Cosio FG, Pesavento TE, Osei K, Henry ML, Ferguson RM. Post-transplant diabetes mellitus: increasing incidence in renal allograft recipients transplanted in recent years. Kidney Int. 2001; 59: 732-7.
[8] Kumar MS, Heifets M, Moritz MJ et al. Safety and efficacy of steroid withdrawal two days after kidney transplantation: analysis of results at three years. Transplantation. 2006; 81: 832-9.
[9] Bayes B, Pastor MC, Lauzurica R, Granada ML, Salinas I, Romero R. Do anti-CD25 monoclonal antibodies potentiate posttransplant diabetes mellitus? Transplant Proc. 2007; 39: 2248-50.
[10] Johnston O, Rose CL, Webster AC, Gill JS. Sirolimus is associated with new-onset diabetes in kidney transplant recipients. J Am Soc Nephrol. 2008; 19: 1411-8.