腎移植後3カ月間は外科的合併症や院内感染、免疫抑制薬の服用量も多いため潜在感染症の再燃等、さまざまな合併症が起こりやすい時期です。移植後4カ月以降の維持期になると免疫抑制薬の量は徐々に減少し、移植後6カ月以降は免疫力も回復してきますが、拒絶反応や市中感染症、悪性腫瘍、糖尿病・高血圧等の代謝性疾患など、さまざまな合併症が起こる可能性は残ります。
腎移植後の合併症には手術に関連するものや拒絶反応などがありますが、その他にも免疫抑制薬に関連するものなどがあります。移植後に特に気を付けた方がよい合併症について解説していきます。
腎移植後の高血圧 ポイント
血圧が正常値よりも高い状態が慢性的に続くと、動脈硬化が進行し、心血管疾患や脳血管障害、腎機能低下などの原因となります。特に、腎移植後は単腎であることから慢性腎臓病(CKD)の状態にあり、移植腎機能が悪化すると高血圧が重症化し、更に移植腎機能が悪化するという悪循環が形成されるため、適切な目標血圧を設定し維持することが重要です。
腎移植後は、塩分の取り過ぎや、拒絶反応、免疫抑制薬(シクロスポリン、タクロリムス、ステロイド)の副作用、移植腎動脈狭窄などの血管障害、移植腎機能低下など、さまざまな原因により高血圧が起こりやすくなり、約40~60%の方に腎移植後高血圧が認められるといわれています(*1,2)。
高血圧は、動脈硬化を進行させ、狭心症や心筋梗塞などの心血管疾患や、脳出血や脳梗塞などの脳血管障害の原因となります。加えて、腎移植後の高血圧はCKDを伴う高血圧であり、夜間の降圧が消失するなど血圧の日内リズムの異常が認められ、心血管系疾患(CVD)発症の危険性が更に増す可能性があります。
実際に、2001年以降の日本におけるレシピエントの死亡原因をみると、その3位が心疾患(14.7%)、6位が脳血管障害(6.6%)となっています。
また、腎移植後の高血圧は移植腎喪失の大きなリスク因子であることが分かっています(*3,4)。
最新の高血圧治療ガイドラインでは(*5)年齢や合併症の有無(糖尿病や蛋白尿)に合わせた目標血圧を維持することが大切で、特に、高齢者(65歳以上)に関しては過剰な降圧によって死亡率が増加する可能性も指摘されているため、健康状態を十分配慮した上で血圧の目標値を目指すように推奨されています(*6)。
腎移植後の血圧管理
<目標血圧>
腎移植後は以下の目標血圧にコントロールするようにしましょう。
・蛋白尿のない腎移植者:収縮期血圧/拡張期血圧 140/90 mmHg未満
・蛋白尿陽性の腎移植者:収縮期血圧/拡張期血圧 130/80 mmHg未満(*7)
・糖尿病を合併した腎移植者:収縮期血圧/拡張期血圧 130/80 mmHg未満
・高齢の腎移植者(65~74歳):収縮期血圧/拡張期血圧 140/90 mmHg未満
・高齢の腎移植者(75歳以上):まず収縮期血圧/拡張期血圧 150/90mmHg未満
最新の高血圧治療ガイドラインでは一般人口における高齢者でも、65~74歳では降圧目標を140/90mmHg未満。75歳以上では、まずは、収縮期血圧/拡張期血圧 150/90mmHg未満を目標として、可能であれば積極的に140/90mmHg未満もしくは合併症(CKDや糖尿病)に合わせた目標降圧を目指す(*5)ことが推奨されています。
<血圧の測定法と測定タイミング>
血圧は自宅でも毎日決まった時間に測ることが大切です。
家庭血圧を測る目的
① 毎日同じ条件で測ることにより、正確な血圧を知ることができます。
② 最新の高血圧に関するガイドライン(*5)では、診察室血圧が高く家庭血圧が正常の場合は白衣高血圧※1と診断され、家庭血圧による診断を優先することになっています。
③ 診察時には見つけにくい、仮面高血圧※2などの発見につながりやすいです。
※1 白衣高血圧:家庭で測る血圧は正常だが、病院で測る血圧が高くなる場合のこと。
※2 仮面高血圧:病院で測る血圧は正常だが、家庭で測る血圧が高くなる場合のこと。仮面高血圧には、早朝高血圧、夜間高血圧、ストレス高血圧(昼間高血圧)がある。
具体的な測定方法と測定タイミング
① 手首や手指で測るタイプのものは正確に測定できないことがありますので、上腕で測るタイプの血圧計を使用しましょう。
② 毎日、朝と夜に1回ずつ測りましょう。
朝の計測タイミング:起床後1時間以内に測りましょう。例えば、排尿後、朝食前、服薬前など。
夜の計測タイミング:就寝前に測りましょう。入浴や食事、飲酒、運動の直後は避けましょう。
③ 背筋を伸ばして椅子に座り、安静な状態で、血圧計のカフ(腕帯)の位置を心臓と同じ高さにして測りましょう。
腎移植後の高血圧 予防と治療
まずは食事療法と運動療法を行います。
<食生活の見直し>
バランスのとれた食事をして、塩分を取り過ぎないようにしましょう。
減塩
文明が進化し、高い食塩摂取量が確立される以前の、人類の本来の血圧は収縮期血圧(SBP)で70~100mmHgであったと考えられています(*8)。また、食塩摂取が1日約6g増加することによってSBPは10~11mgHg, 拡張期血圧(DBP)は6mmHg上昇することが分かっています。また、高血圧者で4.5g/日の減塩を行った介入試験では、SBPでは4.8mmHg、減塩1g/日で約1mmHgの降圧が期待できることが分かっています。
具体的な減塩目標
厚生労働省:日本人の食事摂取基準では、18歳以上の男性は8g/日未満、女性は7g/日未満を目標としています(*9)。
日本腎臓学会:慢性腎臓病に対する食事療法基準では、1日の塩分摂取量は3g以上6g未満が推奨されています(*10)。
ただし、夏の暑い日や、運動をしたりしてたくさん汗をかいたときには、追加の塩分補給も必要です。 ご家庭で調理する際の減塩の工夫としては、だしや減塩調味料や果汁、香辛料、香味野菜などをうまく利用して味付けするといいでしょう。また麺類や汁物の汁は全部飲まないということや、加工食品は取る量を控えることなども大切です。
食事内容
野菜・果物・低脂肪乳製品を増やし、総脂肪・飽和脂肪を減らした食事(DASH食:Dietary Approaches to Stop Hypertension食)と減塩食の組み合わせが、高血圧治療と予防に理想的であると考えられています(*11)。
具体的には、ポテトチップスやせんべい・菓子などの過食を避け、魚や赤身の肉を摂り、加工物(ソーセージなど)は避け、マーガリンやショートニングを使用した食品の摂取は控えるようにします。
食べ過ぎによる肥満や糖尿病も高血圧の原因となります。食事の摂取量の管理も心がけましょう。BMIを25未満にすると共に、腹囲が男性85㎝、女性90㎝以上の場合は、内臓脂肪型肥満と考えられるため、体重管理が必要です。
<定期的な運動>
少し速いウォーキングや水中ウォーキング、ジョギングなどの有酸素運動を、1回30分~60分程度、週に2~3回以上行うとよいでしょう。(運動禁止や制限が必要な場合もありますので、主治医の指示のもと行いましょう。)
<その他の注意点>
・移植後はお酒を楽しむこともできますが、適量を守りましょう。(適量とは、エタノール換算で男性20~30ml/日以下、女性 10~20ml/日で、日本酒なら1合、ビールなら中瓶1本、ウイスキーならダブルで1杯、ワインならグラスで2杯程度です。)
・タバコは動脈硬化を進行させるだけでなく悪性腫瘍の発生や呼吸器疾患の大きな原因の1つですので、必ず禁煙しましょう。
・ストレスを抱えないように、睡眠を十分にとり、心と体の疲れをとりましょう。
食事療法、運動療法を行っても血圧のコントロールが難しい場合は、薬物療法(降圧薬の服用)を行います。
薬物療法の際には、副作用に注意すればすべての系統の降圧薬が使用できますが、アンジオテンシン変換酵素阻害薬(ACE‐Ⅰ)、アンジオテンシンⅡ受容体拮抗薬(ARB)やCa拮抗薬といった降圧薬が第一選択として推奨されています(*12)。
*1 Midtvedt K,et al.Transplantation 70(11 Suppl):64-69,2000
*2 Tedla F,et al.J Clin Hypertens(Greenwich) 9:538-545,2007
*3 Opelz G,et al.Collaborative Transplant Study.Kidney Int 53:217-222,1998.
*4 Mange KC,et al.JAMA 283:633-638,2000
*5 高血圧治療ガイドライン2014(JSH2014) 日本高血圧学会
*6 Kovesdy Cp, et al. Ann Intern Med. 159:233-242, 2013
*7 日本腎臓学会 エビデンスに基づくCKD診療ガイドライン2013:42
*8 Intersalt Cooperative Research Group. BMJ. 297:319-328, 1988.
*9 日本人の食事摂取基準2015年版(厚生労働省)
*10 日本腎臓学会 慢性腎臓病に対する食事療法基準2014年版:568
*11 Sacks FM, et al. N Engl J Med 344:3-10, 2001.
*12 日本臨床腎移植学会 腎移植後 内科・小児科系合併症 診療ガイドライン2011:3