移植腎の長期生着のために知っておくべきことについて、北里大学病院の吉田一成先生にシリーズで解説していただきます。
第5回目は、移植後にかかることがある感染症についてです。<前編>移植前~移植手術時、<後編>移植手術後の2回に分けて解説していただきます。

Q5.移植後にかかる感染症にはどのようなものがありますか?<後編> 移植手術後

■腎移植後の感染症
腎移植後6カ月は拒絶反応を抑えるため、免疫抑制が強く、普通の状態ではかからないような弱い感染力の病原体による感染症にかかりやす易くなります。これを日和見(ひよりみ)感染症といい、CMV(サイトメガロウイルス)、VZV(水痘・帯状疱疹ウイルス)などのウイルス感染症、ニューモシスティス肺炎(PCP)、真菌(カビ)感染などがあります。
ウイルスの多くは既にレシピエントに感染していて、通常の免疫によって抑えられているウイルスが、免疫抑制をする事により再活性化して起きます。以前は、日和見感染症は移植後の移植腎のみならず命までも脅かす重篤な合併症でしたが、診断技術と治療薬の進歩により、移植腎を諦める事なく治癒が可能になりました。しかし、依然として日和見感染症は侮れない脅威で注意が必要であり、むしろ感染症の比率が増加していることはすでに述べました(*1)

感染症を臓器別にみると呼吸器、消化器、尿路、中枢神経系、循環器、皮膚感染、そして口内炎、咽頭炎や副鼻腔炎があり、それぞれ色々な原因菌によって起こります。感染が全身に広がると敗血症という重篤な状態になります。細菌、ウイルス感染としてのヘルペス、帯状疱疹、ウイルス性肝炎、真菌症としての皮膚真菌症、深部真菌症、ニューモシスティス肺炎、などもあります。
一部は重複しますがそれぞれについて簡単に説明します。

<細菌感染症>
細菌感染症として移植直後はこのコラムの前編で述べた手術創感染、尿路感染、呼吸器感染などが多く、その原因菌としては大腸菌などの消化管由来、黄色ブドウ球菌などの皮膚常在菌由来のものが多くなっています。抗菌薬(抗生物質)が有効ですが、乱用により抗菌薬が無効な細菌が増殖すると治療に難渋し、場合によっては命を脅かす脅威となります(*2)

<ウイルス感染症>
ウイルス感染症としてCMV(サイトメガロウイルス)、EBV(EBウイルス)、BKV(BKウイルス)、VZV(水痘・帯状疱疹ウイルス)、HSV(単純ヘルペスウイルス)、そしてHBV(B型肝炎ウイルス)・HCV(C型肝炎ウイルス)などの肝炎ウイルスの感染があります。多くのウイルス感染(再活性化)は免疫抑制が強すぎる場合に起きます。

・CMV(サイトメガロウイルス)
CMV感染は腎移植後最も多く、初めての感染、再感染、と既に感染していたウイルスの再活性化の3通りの発症様式があり、移植前にCMVに対する抗体の有無を検査して対応します。
このウイルスに対するワクチンは現在開発中ですが、残念ながらまだ使えません。術後の検査でウイルス感染が診断された場合には、免疫抑制の減弱(場合によっては一時中止)、必要に応じて抗ウイルス薬の投与(飲み薬あるいは点滴)を行います。感染が悪化(ウイルス量の増加)すると、発熱、臓器損傷、肺炎、肝炎、消化管潰瘍、網膜炎などを起こすので注意が必要で、移植後は定期的にモニタリングを行い、抗ウイルス薬の予防投与を移植後数ヶ月続けることが推奨されています(*3)
特にドナーがCMV陽性でレシピエントが陰性の場合には、臓器と共にウイルスが移り初感染を起こすので、感染症が急激に悪化する事が多く要注意です。
ただし、この薬は非常に高価です。

・EBV(EBウイルス)
EBVは大人では9割の人が既に感染していて、Bリンパ球に潜伏しているウイルスですが、小児では初感染を起こす事もあります。EBVが再活性化するとBリンパ球の腫瘍化を起こす事があるので注意が必要です(*4)。 最近は免疫抑制が強くなったためかBKV(BKウイルス)という、腎臓に感染しているウイルスが再活性化して移植腎を障害することがあり、これは拒絶反応と見分けるのが難しいので厄介です(*5)

・VZV(水痘・帯状疱疹ウイルス)、HSV(単純ヘルペスウイルス)
VZVは帯状疱疹を、HSVは口唇ヘルペスや陰部ヘルペスを起こしますが、免疫抑制下では全身に広がったり、脳炎を起こしたりして重篤になる事もあります。基本的には免疫抑制の減弱と抗ウイルス薬の投与で治療します。

・HBV(B型肝炎ウイルス)、HCV(C型肝炎ウイルス)
肝炎ウイルスではB型(HBV)とC型(HCV)が主ですが、どちらもドナーが陽性でレシピエントが陰性の場合は移植できません。レシピエントがHBV陽性の場合、移植後劇症化する事があるので要注意で、必要に応じて抗ウイルス薬による治療が必要になるため、肝臓内科と相談しながら移植を行う必要があります。
HCVでは長い間には肝硬変、肝癌を起こす事が知られていますが、それまでの期間に起こる透析による合併症のリスクの方が高いので、注意して移植を行うことが多いです。最近はHCVの治療薬が発達し、高い確率で治癒するようになっています(*6)。ただ、これらの薬も高価であり、腎機能の悪い人には使えない薬もあります。HCV陽性の場合も肝臓内科に相談の上腎移植を行います。

<真菌症>
真菌症はカビ(真菌)が原因です。水虫などを思い浮かべると思いますが、免疫抑制下では深部真菌症といって肺や脳にカビが生える事が起こり得ます(*7)。これは勿論重大な感染合併症で、診断・治療が遅れると生命の危機に直結します。近年は診断検査や治療薬が進歩しましたが、要注意である事に変わりありません。


呼吸器感染症の症状としては発熱、咳、痰、呼吸困難や胸部の痛みなどがあり、風邪だと思っていたら肺炎になっている事があるので注意が必要です。肺炎は抗菌薬で治療しますが、腎移植では日和見感染としてニューモシスティス肺炎、サイトメガロウイルス肺炎やレジオネラ肺炎が問題になります。これらは一度発症すると治療が厄介で、充分な監視、あるいは薬剤の予防投与が必要です。
また、カンジダやアスペルギルスなどの真菌から起きる肺炎も重篤で要注意です。これらに対しては抗真菌薬を使用しますが、多くの場合、抗真菌薬が腎臓に障害を起こす事が多く、治療に難渋します。

<その他の感染症>
結核も忘れてはならない感染症の1つです。移植後時間が経っても結核が発症する事もあり、診断に手間取ると、命の危険性があります(*8)

尿路感染としては膀胱炎や腎盂腎炎があります。移植腎では神経が離断されているため腎盂腎炎を起こしていても発熱だけで痛みがあまりない事が多く、注意を要します。早めに尿の検査を行い、尿路感染が疑われた場合には早い段階で抗菌薬の投与を行います(*9)

免疫抑制薬の副作用として口内炎ができる事がありますが、これは口腔内が傷ついた際にその傷の治りが悪い事が原因です。注意しなければいけないのは齲歯(虫歯)や歯周病です。口腔内の処置をしたとき、場合によっては歯を磨いただけでも口腔内の雑菌が血液中に入ることがあり、免疫抑制をしていると、この菌が望ましくないところ、例えば心臓の弁や骨について増殖する事があり、これらは重篤な状態を引き起こします(*10)。ですから移植前から口腔内のケアを充分に行って、定期的に歯科や口腔外科の受診をする必要があります。また、副鼻腔炎や上顎の齲歯を放っておいて炎症が脳にまで広がると、髄膜炎や脳炎などの非常に重篤な状態になるのでこれも要注意です。

まだまだ多くの感染症があり、たくさんの事を注意していかなければなりません。また、腎移植後、時間が経って免疫抑制が弱くなっていても感染症を発症する事はあります。特に38.5℃を越す高熱が出た際には放っておかず、すぐに医療機関に連絡するべきです。
移植後経過が長くても気を緩める事はできませんが、注意をしながら、「攻めの腎移植人生」を過ごしていただきたいと思います。感染を恐れるあまり、外を出歩かない、旅行にも行かないのでは、腎移植をした目的が半減してしまいます。無理はせず、不安な時には移植医に相談し、必要に応じてそれぞれの感染症の専門家にも相談するようにしましょう。

*1 日本移植学会ファクトブック2016
N Engl J Med.2007;357(25):2601-14.
*2 腎移植のすべて 高橋公太監修 Medical View、2009 東京
Am J Transplant.2009 Nov;9 Suppl 3:S1-155 (KDIGO Guideline for the Care of Kidney Transplant Recipients)
*3 Transpl Infect Dis.2011 13(6): 622-32.
Am J Transplant.2009 Nov;9 Suppl 3:S1-155 (KDIGO Guideline for the Care of Kidney Transplant Recipients)
*4 Transplant Rev.2017 Jan;31(1):55-60.
*5 Transplantation.2008 Apr 15;85(7 Suppl):S42-8
*6 C型肝炎治療ガイドライン 日本肝臓学会 2017
*7 日本医真菌学会雑誌 2006;47(4):289-92.
日本医真菌学会雑誌 2006; 47(3): 167-9.
*8  Am J Transplant. 2009 Nov;9 Suppl 3:S1-155 (KDIGO Guideline for the Care of Kidney Transplant Recipients
*9  Am J Infect Control.2016 Nov 1;44(11):1261-1268
Am J Transplant. 2009 Nov;9 Suppl 3:S1-155 (KDIGO Guideline for the Care of Kidney Transplant Recipients)
*10 Transpl Infect Dis.1999; 1(2): 138-43.