移植腎の長期生着のために知っておくべきことについて、北里大学病院の吉田一成先生にシリーズで解説していただきます。
第6回目は、腎移植後のがんについてです。<前編>腎移植後のがんの発生率(今回)、<後編>早期発見、早期診断、早期治療のために、の2回に分けて解説していただきます。

Q6.移植後はがんになりやすいですか?<前編> 腎移植後のがんの発生率

移植後は、免疫抑制により発がんのリスクが高まるので、長期生着を妨げる要因の一つに「がん」があることは以前も述べました。
実際、日本移植学会の調査では、2010~2014年の腎移植レシピエントの死亡原因の上位4つは、感染症(17.7%)、悪性新生物(がんなど)(13.7%)、心疾患(心筋梗塞、心不全など)(12.1%)、脳血管障害(脳梗塞、脳出血など)(7.3%)となっており、2000年以前に比べると感染症と悪性新生物は増えています(*1)
今回は腎移植後のがんの発生についてお話しします。

■腎移植後のがんの発生率
残念ながら腎不全の患者さんは透析前も、透析中も、腎移植後も、一般の人と比べてがんの発生率が高いことが報告されています。がんの発生率は一般の人より慢性腎不全の患者さんの方が、そして移植後の患者さんの方がさらに高いことがわかっています(*2,3)
がんの発生率は移植後経過年数が長くなればなるほど高くなります(*4)。また、腎移植前に透析を長く行った人の方が移植後のがん発生率が高いというデータもあります(*5)。強い免疫抑制療法を長期間行った人、そして、腎移植後に拒絶反応を起こしてリンパ球を抑える治療法(パルス療法など)を頻回に行った患者さんの方が(急性拒絶反応が起きた時はどうしても必要になってしまいますが)、がんの発生リスクが増加するといわれています(*6)


■海外における報告
2007年のオーストラリアとニュージーランドの移植データ(ANZDTR)による報告では、1963~2004年に施行された15,183例の腎移植患者を一般人と比較した場合、新規悪性腫瘍発生のリスクは2~3倍(女性3.2倍、男性2.6倍)と報告されています(*7)。また2012年のANZDTRでは、透析と腎移植を合わせた腎不全の患者さんのがん発生率は、10年後に9.4%で徐々に増加しており、年齢が高い方ががん発生率は高くなっています。このデータでは、大腸がん、尿路がん、婦人科がん、皮膚がんなどが多いとされています(*8)
また、アメリカでは腎不全の患者さんに発生するがんはおよそ10万人に4,000人程度で、1996~2009年の間でほぼ一定で決して減少していません(*9)。この統計では男性は前立腺がん、女性では乳がんが多いという結果でした。別の研究では移植後の死因でがんは18%にのぼり、リンパ腫、肺がん、腎がんなどが多かったと報告されています。また、この研究でも年齢が上がるほどがん死が増えるとされています(*10)

■日本における報告
日本の腎移植後のがんの発生についてのデータは多くはありません。
2009年に野島らがまとめた2007年のデータによれば、調査を行った23施設で1970~2007年までに行われた3,352例の腎移植中、206例(6.1%)に悪性腫瘍が発生し、最も高頻度であったのは皮膚がんで12.1%、次が腎がんで11.2%、3番目以下は、悪性リンパ腫、肝がん、大腸がん、子宮がん、乳がん、胃がん、そして舌がんと口腔底がん、白血病、膀胱がんという順だったと報告しています。なお、腎がんのほとんどは移植腎ではなく、自己腎からの発生でした(*11)。また、この報告では、がんの累積発生率は移植後経過年数とともに上昇し、移植後10年では4.7%ですが、20年では13.7%になると示されています。
最近、日本移植学会・日本臨床腎移植学会から出された症例統計では、腎移植後に発生するがんとして、肝臓がん(12.7%)、胃がん(8.9%)、腎がん(6.5%)、膵臓がん(5.7%)、大腸がん(5.7%)が多いといわれています。また、最近はリンパ腫(白血球の一種であるリンパ球ががん化した病気)(8.9%)が増加しています(*12)

■移植後リンパ増殖性疾患(PTLD)とは
移植後の免疫抑制薬の使用により、リンパ系細胞が異常増殖して発生することがある移植後リンパ増殖性疾患(post-transplant lymphoproliferative disorder, PTLD)も、リンパ球の悪性腫瘍です。PTLDの90%以上の症例にEBウイルス(Epstein-Barr virus, EBV)が関与しているといわれ(*13)、このような悪性腫瘍を引き起こすウイルスをオンコウイルスと呼びます。子宮頸がんと関係のあるヒトパピローマウイルスもこの一種です。このヒトパピローマウイルスに対するワクチンを若い女性が接種し子宮頸がんを予防しようとしたところ、その副作用が問題になったことは、まだ記憶に新しいと思います。

EBVに対する抗EBV抗体が陰性のレシピエントはハイリスクであり、EBV抗体陽性ドナーから陰性レシピエントに移植する場合、PTLDの発生リスクは数倍高くなるといわれています(*14)。腎移植におけるPTLDの発生頻度はOPTN/SRTR Annual Report 2010によると、成人の場合、1年以内の発生は0.2%未満、5年で0.6%、小児では1年で1.3%、5年で2.4%となっています(*15)。野島らの報告(*16)によると、本邦では、移植後平均7.0年で発生し、他の癌腫の発生が移植後平均10.9年であるのに比較して、有意に早期に発生していました。PTLDが発生した場合の治療は免疫抑制薬の減量が基本となりますが、抗がん剤が使用されることもあります。

*1 移植 51(2,3), 124-144, 2016
*2 JAMA. 2006; 296: 2823-2831
*3 Am J Kidney Dis. 2015 65(5): 763–772
*4 Kidney International (2013) 85, 1395–1403
*5 Wong G et al Transplantation 2013
*6 Lim WH et al Transplantation 2014
*7 Am J Transplant 2007; 7: 2140-2151
*8 ANZDATA Registry 2012 Report
*9 Am J Kidney Dis. 2015 May ; 65(5): 763–772
*10 Kidney Int.2014 Jun;85(6):1395-403
*11 今日の移植 22(3): 345, 2009
*12 腎移植臨床登録集計報告(2014)2013 年実施症例の集計報告と追跡調査結果 日本移植学会・日本臨床腎移植学会 移植49(2・3); 240-260, 2014
*13 Lancet Oncol 2009; 10: 321-322, Curr Infect Dis Rep 2011; 13: 53-59
*14 Transplantation 1999; 67: 990-998
*15 Am J Transplant 2012; 12(Suppl 1): 1-156
*16 今日の移植 22(3): 345, 2009