前回は、腎移植後のダイエット、つまり運動−栄養管理というテーマで、「肥満がなぜいけないのか」についてお話ししました。今回は、運動に焦点を当ててお話ししたいと思います。
腎移植前に、慢性腎臓病の保存期の状態、そして透析療法を経験された方が多いと思います。その際に、主治医や医療スタッフから教育された“運動の制限”が皆さんに染みついていると思います。まず、ここから考えを変えなくてはなりません。
確かに腎機能が低下している保存期に、過度に運動をすることは残腎機能保持から良くないとされ、当時のガイドラインなどが出されていました。しかし、あまりに過保護に自分の体を大事にしすぎるあまり、全く運動をしなくなり、結果としてメタボリックシンドロームに陥り、かえって腎機能障害を加速させる、という結果となっている方も少なくないと思われます。
最近の趨勢としては、慢性腎臓病の方でも適度な運動療法がなされた方が良いとされています。walking。良いじゃないですか。疲れない程度にゆっくり体を動かす。立派な有酸素運動になります。
移植後の患者さんは、1つの腎臓が頑張って働いている状態であり、一般人よりやや劣る腎機能でありますが、それでも慢性腎臓病のStage2~3の方が多いので、皆さんが過ごされた保存期のような状態よりは、遥かに健康に近い状態であると言えます。と言うより、後で述べますが、運動に関しての制限はほぼありません。しかし、昔のような認識(誤解?あるいは過保護?)で、あまり運動をされていない方が多いのかもしれません。
当科でかつて発表したデータで、興味深いものがあります。移植後1年以内の移植患者さんの体組成がどうなっているかを調べさせていただきました。その結果は、体重やBMIは変わらないものの、水分が減少していたのは良いとしても、骨のみならず筋肉量が減少していたというものでした(参考文献1※下記をご確認ください)。その減少した分はなんと、脂肪増加に繋がっていたのです(図1)。
太っていないので、安心していた貴方、運動が必要であることがご理解いただけたと思います。適度な運動は筋肉を鍛え、また骨塩量も増加させます。ましては太ってしまった方はさらに要注意です。
ここで、皆さんが、移植後の運動について疑問に思われている点を列挙して、解決してみたいと思います。おそらく皆さんは、下記のような点を疑問に思っているのではないでしょうか。
1.自分は運動ができる体なのだろうか?
2.ダイエットのためには、どの程度の運動がふさわしいのだろう? また、運動するべきなのだろうか?
3.運動はしているつもりだが、痩せない。むしろ太ってきてしまったのはなぜだろう?
まず、1の運動ができる体かどうかという疑問です。この点はかなり、クリアに解消できます。少し古いですが、日本腎臓学会から発表されているガイドラインを参考にしてみましょう(参考文献2※下記をご確認ください)。抜粋して図にしてみました(表1、表2)。
私も認識を新たにしましたが、腎臓病の方は、ほぼどのような疾患でも、急性期や、透析などの腎代償療法がすぐにでも必要となる方に対してのみ、運動の制限がされていると理解していただいて構わないと思います。ましてや、移植が無事終了している皆さんは、よほど移植腎機能が低下した方以外は、ほぼ制限されることはないものと理解できます。この点については、MediPressに、岡山大学の荒木先生が投稿されたコラムをぜひ今一度ご参照ください(参考文献3※下記をご確認ください)。
次に疑問の2を解決したいと思います。先日ですが、某有名な大物女優が対談で、「たまにフィットネスに通っている」と話しておりました。その内容は、「主に水泳をすることが多いが、100mは泳ぐようにしている」というものでした。その方は、今は昔の面影はなく、かなり太っておりましたが、残念ながら水泳の100m位の運動では、ダイエットにはほど遠いと言わざるを得ません。
手前味噌ですが、私は家の近くにできたジムに通っております。少なくとも週に4回は行くことにしております(1日はジムの休業日で、1日は移植日なので行けません)。行う運動としては、サイクリングマシーン、スタジオプログラム、サーキットトレーニング、筋肉トレーニングです。もちろん、平日の仕事後にはこれらのすべてはできません。(図2)の写真は実際に私が漕いだサイクリングマシーンでの消費カロリーです。60分漕ぎました。割と通常のスビードで結構な負荷をかけているつもりですが、450kcalしか消費できませんでした。あと1つ、スタジオプログラムを行ったとしたら、45分で200~300kcal位の消費になりますので、1日の消費カロリーは800Kcalとなります。1週間4回通っても3000kcal、土日にせいぜい頑張っても3500Kcalが良いところでしょうか。
ところで、皆さんは1kg痩せるのに、どの位のカロリー消費が必要か分かるでしょうか?なんと、体重、年齢に関わらず、7000Kcalが必要と言われております。つまり私のペースでも体重を1kg減らすためには、2週間はかかるということになります。もちろん、普段は基礎代謝を考え食事カロリー摂取を厳密に守っていても、宴会などでの突発的な過度のカロリー摂取がありますから、もっともっと現実は厳しいのです。
さて、良い資料があります(参考文献4、5※下記をご確認ください)。特に文献5は誰でもダウンロードできますので、ぜひご一読ください。もちろんご家族で情報を共有してください。全てをご紹介することは不可能なので、ごく一部だけご紹介しますと、その7頁に、「健康づくりのための身体活動量として、週に23エクササイズ(メッツ・時)の活発な身体活動(運動・生活活動)、そのうち4エクササイズは活発な運動を」とあります。(図3)に1エクササイズに相当する身体活動を示したものを抜粋させていただきました。文献2と併せてご覧ください。
最後に疑問3の、運動はしているが、痩せない。むしろ太ってきてしまったのはなぜだろうか?の疑問を解決しなくてはならないのですが、これは簡単です。
皆さん、質量保存の法則をご存じですか? 残念ながらこの地球上では、無からは質量は生じません。体重が増えたということは、それに見合うだけのカロリー摂取をしていることになります。この理由として最大のものは、自分がした運動を過大評価して、それ以上のカロリー摂取をしている。私はこれを、「運動したつもり症候群」と呼んでいます。実は大した運動をしていないのに、それ以上に ”自分へのご褒美” と割り切って、甘いものやアルコールなどを、いつもよりも摂取してしまう事です。これには前述のように、自分がした運動の消費カロリーについて、正しい理解をすることが重要であることは言うまでもありません。
冬が終わり、運動しやすい季節となりました。ぜひ運動を日課として、メタボ解消、防止に向けて頑張ってください。せっかく頂いた貴重な移植腎機能の長期の生着に向けて。なお、心機能や骨塩量などの他の因子も考慮する必要があり、移植後に運動することを決意された方は、ぜひ主治医の先生にご相談ください。
参考文献
1.Harada H, Nakamura M, Hotta K, et al. Percentage of Water, Muscle, and Bone Decrease and Lipid Increases in Early Period After Successful Kidney Transplantation: A Body Composition Analysis. Transplantation Proceedings, 44, 672-675, 2012
2.腎移植患者の生活指導・食事療法に関するガイドライン. 日腎会誌 39(1) 1997.
3.腎移植後の運動・スポーツについて
4.ほっとけないぞCKD. メタボが腎臓にも良くないってホント?
5.健康づくりのための運動指針2006(厚生労働省)