北里大学病院 レシピエントインタビュー第2回目は、約12年前にお母様がドナーとなり生体移植手術を受けられた、北山利恵さん(仮名)です。
幼少期に腎臓に問題があることを指摘され、大学卒業後に透析導入、その後移植手術を受けられるまでのお話、そして移植後の仕事もプライベートも大変充実していらっしゃる現在の様子など、様々なお話をお聞きすることができました。
北山さんが移植を受けるまでの経緯
- 1976年 誕生 尿の色が通常と異なることに祖母が気付く
- 1978年頃 父親の仕事の都合で渡米、米国の病院で腎臓に問題があることを指摘される
- 1981年頃 帰国後、北里大学病院に通院
-
2001年1月頃 血液透析導入
-
2001年9月 生体腎移植手術
透析導入へ
北山さんは幼少の頃から腎臓が悪かったのですか?
北山さん:
産まれて間もない頃に、祖母が私の尿の色が通常と異なる事に気付き、原因を特定すべく病院を転々としたのですが、
診断がつきませんでした。その後、父の仕事の関係で渡米し、米国の病院で腎臓に問題がある事を指摘され、
帰国後は米国の主治医の紹介で北里大学病院に通院し始めました。
その様な状態で、学生時代はどの様な生活を送っていましたか?
北山さん:
小学生の頃からからマラソン、水泳、登山を伴うような遠足は見学か欠席でした。それ以外は普通の生活をしていました。
自覚症状としては、中学時代に大好きなバスケットボールをしていた時、それまでには無い疲れを感じるようになり、
何かがおかしいと気付きました。
クレアチニンの値は中学3年生の頃から上がり始め、高校時代には2㎎/dlになり、足の浮腫などが顕著になっていましたが、
普通の生活を続けていました。大学入学後は低タンパク食などの食事療法や、投薬治療を始めました。
その為、大学生活を楽しむ余裕はあまり無く、学業についていくのが精一杯でしたね。
大学卒業後数年経った2001年1月頃に透析導入となりました。