移植手術に向けて
その後、移植に向けてご夫婦で話はすぐに進んだのでしょうか。
大西さん:
移植相談でお話を聞いた後には、夫婦ともに移植医療について理解をして、移植をすることは既に決めていたのですが、当初、妻は家の事(※動物の世話)が心配で、なかなか踏ん切りがつきませんでした。
※大西夫妻はご夫婦で動物病院を経営されており、ご自宅にも常時多くの動物を飼われています。
奥様(ドナー):
私達夫婦には子どもがありませんので、家族は二人しかいません。夫婦でも移植が可能なことや移植医療の良さは、お話を聞いて十分に理解できたのですが、手術で二人揃って入院すると、家に誰もいなくなることになるので、家に残す動物達の世話のことが心配で困っていました。
一方で、全身麻酔や外科手術のリスクに対しての不安や心配は初めからありませんでした。事前の検査で自分の体が良好であることが分かっていましたし、先生に全てお任せして何も心配していませんでした。そのことよりも、とにかく家にいる動物達が入院する2週間程度困らないかだけが心配でした。
大西さん:
そんな折、以前からよく家に来ていた友人に移植手術の話をしたところ、「動物の世話は任せて」と後押ししてくれて、そこで移植手術に臨むことができるようになりました。
移植手術を受けるにあたり、ドナーとなる奥様とは何か特別にお話をされましたか。
大西さん:
特別に話はしなかったかと思います。妻は、最も懸念していた動物たちの事が任せられると決まってからは、移植に向けて積極的でした。「絶対にうまくいくから」の合い言葉で、実際の手術を受けるまでの2年間、透析の無い生活を夢見ていました。
奥様:
提供することについては、「動物のことさえ解決できればいいですよ」と、私のほうから言葉で伝えたと思います。
移植を決めたのは、もちろんこれからも夫婦二人で元気で過ごしたいというのもありますが、仕事の影響も大きかったです。私たちの仕事では、腎不全の犬や猫をよく診るのですが、いつも何もできずに目の前で苦しみながら亡くなっていきます。何もできずに救えなかった動物たちを何回も見てきているので、「我々人間には移植によって元気になる方法があるのであれば、もしこれを選ばなかったら後悔するだろうな」と思っていました。
臓器提供にあたり、どのようなことが一番不安でしたか。
奥様:
家の動物の世話を除いては、私がサイトメガロウイルスが陽性であったため、(陰性だった)主人に感染して具合が悪くなったらどうしようと不安に思っていました。
野島先生:
「サイトメガロウイルスが陽性」と聞くと、何かとても大きなことのように聞こえるかもしれませんが、サイトメガロウイルスというのは、実は大人の8、9割が陽性です。特に40歳以上で陰性の人はとても少ないです。ほとんどの方が陽性なので、全く珍しいものではありません。また、免疫が正常であれば発症することのない弱毒性のウイルスで、通常は全く怖いものではありません。ただ、移植後の免疫抑制剤を服用しているような環境下では十分に気をつける必要があり、感染が進行すると色々な臓器に障害がおよび、場合によっては重症になるので、移植後は薬で感染予防や早めの治療をしています。
移植手術が決まってから、実際の手術までの期間はどのくらいでしたか。
大西さん:
私の場合は、腹膜透析がうまくいっていたこともあり、残腎機能もあったので、移植までは約2年ありました。その間は、腹膜透析でトラブル(鼠径ヘルニア等)が起きないように気をつけながら、残存腎機能を少しでも長く維持できるように心がけていました。
2年間も準備ができたのですね。
大西さん:
そうですね。私の場合、腹膜透析がとてもうまくいっていたようで、腎臓内科の先生が驚かれるほどでした。
野島先生:
実際、腎臓内科から、「そろそろ血液透析を考えるように」と言われたという頃に移植相談に来られたのですが、大西さんの場合はむくみなどもなく、移植を準備する時間に余裕がありました。そのため、移植手術まで無理なく腹膜透析を続けることができ、血液透析をする必要もなかったです。
「豆ちゃん」記念日
移植手術を終えた時の心境を教えていただけますか。
大西さん:
手術後、麻酔から覚めたとき、先生からの第一声で、「尿が順調に出ていますよ、奥さんも大丈夫です」という言葉をかけられ、すごくうれしかったのを覚えています。とにかく、この二点が心配でしたので。
入院中はクレアチニンもどんどん下がり、食事が普通食になっていたので、良くなっているのが実感できました。
移植手術後の経過はどうでしたか。
大西さん:
大変順調だったようです。妻がサイトメガロウイルス陽性で、移植前の私が陰性だったので大変心配しましたが、発症もなく、2カ月程度で退院できました。
移植後、奥様に対しては何か特別にイベント等は行っていますか。
大西さん:
特別何かをしているわけではありませんが、移植を受けた1月11日は「豆ちゃん」の記念日として食事をしに行くなどして祝っています。また、食事の幅が広がったので、よく遠くまで夫婦でドライブをして、地域の特産物を食べに行きます。最近は赤穂に牡蠣を食べに行きました。
移植をしてから一番良かった事、うれしかった事はどのようなことですか。
大西さん:
とにかく、透析がなくなり、透析時間に縛られなくなった事と、何より食べ物がおいしい事が最も良かったことです。また、透析中は夜中によく足がつったり、すぐに疲れたり、夏に血圧が下がり過ぎて気分が悪くなったり、特に移植前の1年は食欲が低下したりと、とにかく色々ありました。そのようなことから解放されたことが本当にうれしかったです。また、以前から高血圧で薬も服用していましたが、移植後は血圧も下がり安定しました。
食事についても、移植前は、年を取ったせいでお肉など油っけのあるものがあまり食べられなくなったと勝手に思い込んでいたのですが、移植後は胃のもたれもなくなり、お肉もたくさんおいしく食べられるようになりました。以前は、目の前のごはんを食べるのが精一杯で次の食事のことを考えるのは億劫で苦痛だったのですが、今は食事が楽しみになり、「明日何食べる?」というような話がとても楽しくなりました。
奥様にとって、移植をしてから良かった事、うれしかった事はどのようなことですか。
奥様:
主人の肌の色が良くなり、荒れていた皮膚がスベスベになったり、病院食が変わって、私のメニューと同じメニューが出ていたり、手術後すぐにうれしいことが1つ1つ増えていきました。売店まで食べ物を買いに行くのでも、ワクワクしました。
また、今はドライブに行くと、主人がトイレに行くためにパーキングエリアに寄ります。以前はあまり気にしていなかったので気が付きませんでしたが、今、そういう姿を見ると「以前はトイレの為にパーキングに寄ることはなかったなあ」と感慨深くなります。おしっこがたくさん出来ていることに喜びを感じます。
また、移植を受ける前までは、主人の体調等いろいろな不安もあったのですが、移植がうまくいったことでそういう不安もなくなりました。臓器を提供するというのはもちろん相手のためにやることでもありますが、実際にはドナー自身の幸せのためでもあるなと感じました。元々元気ではありましたが、より元気に安心して生活できるようになりました。移植を決断して本当に良かったと思いました。