運命の電話
移植の連絡を受けた時はどの様な状況でしたか?
森田さん:
九州大学病院から連絡を受けた時は、頭が真っ白になり、即答で「はい!」という言葉が出せませんでした。
移植の連絡を頂けるとは全く考えていなかったので、混乱して色々な思いが走馬灯のように駆け巡りました。それまで勉強会などで移植に関するお話は色々聞いてきたものの、実際その時になると、気持ちを整理するのに時間がかかりました。正直手術が怖いという気持ちもあり「手術を受けるべきなのか、透析治療を続けていた方が長生き出来るのではないか」などと考えたりもしました。その時は外出中だった為、「一旦家に帰って気持ちを整理して連絡します」と答えたと思います。
ここからは反省談なのですが、病院からご連絡を頂いた時は外出中でしたので、最初は病院からの電話に全然気が付きませんでした。いつも日中は携帯電話を確認しないのですが、なんとなく胸騒ぎがして、携帯電話を確認したところ、九州大学病院からの着信履歴がズラーッと並んでいたのでびっくりしました。「病院から何の用だろう?」と思いながら電話をしたところ、移植の連絡だったのです。先生達は私がなかなか電話に出なかったので、実家にも電話をして頂いていたようです。
私が言うのも何なのですが、移植希望の登録をしている方は、いつも連絡が取れるようにだけはしておいた方がいいと思います。
北田先生:
いつ移植を受ける機会が訪れるか分かりません。真夜中に連絡をとらなければならないこともあります。ですから森田さんのようになかなか連絡が取れない事はしばしばあります。携帯電話を持たないで外出されることも多いですし、たとえ携帯電話を持っていたとしても、知らない番号には出てもらえない事もありますね。
基本的には臓器移植ネットワークへ一定の時間以内に返事をしないと、次の候補者の方に移植の機会がまわります。
とにかく移植希望の登録をされている方は、いつでも連絡が取れるようにしておいてほしいですね。
これまで実際に連絡が取れなかった方もいらっしゃるのですか?
北田先生:
ご本人に連絡が取れない場合、ご家族や職場、あるいは透析施設に連絡をするなど、とにかくあらゆる手段で連絡を試みるのですが、それでも連絡が取れなかった方もいらっしゃいます。
森田さんはその後すぐに病院に向かったのですか?
森田さん:
そうですね。でもその時に限って道路が渋滞していて、病院に着くまでにとても時間がかかりました。
病院に到着してから、すぐに検査をして、透析を5時間して、透析が終わったのが夜中の2時でした。それから下剤を飲んで、手術直前までトイレに行っていたという感じで、バタバタでしたね。
手術の時間になり、車椅子で手術室に向かい、手術台に寝て顔にマスクをポンッと乗せられたのですが、なんとなくマスクがずれている気がして「あー、マスクがずれているなぁ」と思ったのが手術前の最後の記憶ですね(笑)。
第2の人生の始まり
手術を終えた時の心境はいかがでしたか?
森田さん:
移植手術を受けて、これからは週3回の透析が無くなり、毎日4回のインスリン注射が無くなり、「第2の人生が始まるのだなあ」と思いました。
また、これは麻酔から目が覚める前の出来ごとなのですが、不思議な体験をしました。夢の中で、私はお寺が目の前にある黄色いお花畑に座っていました。私の隣には女の人が座っており、お寺から声が聞こえてきて、内容は分からないものの、「きちんと聞かなければ」と思って聞いていたのです。そして目の前にあった落ち葉がサーッと風で流れたとたん、麻酔から目が覚めたのです。
後から聞いたら、母親が、亡くなった祖母に手術が上手く行くように祈っていたとの事で、夢の中で私の隣にいた女性は祖母だったのだと思いました。そしてお寺から聞こえた声は私に臓器提供をしてくれたドナーの方なのだと直感的に思いました。
与えて頂いた命に感謝し、毎日を大事に生きていこうと思った瞬間でした。
その後の経過はいかがでしたか?
森田さん:
ICUに1週間くらいいました。入院中は3~4回位熱が出たぐらいで、これといった大きなトラブルもなく入院後28日で退院する事が出来ました。
入院中も1日1日体が回復していくのが自分で分かりました。退院してすぐに日常生活に戻り、次の日からは仕事していましたね。
北田先生:
施設によって術後管理の方法は違うのですが、我々の施設では、膵腎移植後数日間はICUで管理します。お花畑の夢を見たなどと聞くと心配される方もいらっしゃるとは思いますが(笑)、森田さんの術後経過は非常に順調でしたね。