がんを乗り越えて
移植手術を受けようと思ったきっかけはどのようなことでしたか。
緑川さん:
透析でつらそうにしていた私を見ていた妹は、何かいい治療法がないかと、いろいろな勉強会に私と一緒に参加してくれていました。その頃、妹は小学校の教員をしており、生徒の中にお母様がドナーとなって腎移植をしたお子さんがいたことから、移植に関しては知っていたようです。ただ、当時はドナーの腎摘出術は開腹手術が主流でしたので、そのお母様からは、「冬の冷たい風に吹かれると傷が痛むんですよ。子どもは元気になって良かったけれど、私はいつも寝ているんです。」と聞いていたそうです。
ところが、私たちが参加した勉強会では、「現在ドナーの手術は腹腔鏡で行うことが多く、これまでの手術より簡単に摘出できるようになっています」という話が何度も出てきました。そのことを妹がご主人に話したところ、「そんなに簡単に手術ができるのであれば、お姉さんにあげたらいいんじゃない?」と言ってくれたようで、妹の方から、「夫もそう言っているから、あげてもいいよ。どうする?」と聞いてくれたのです。私は本当にうれしく思い、妹と妹のご主人に心から感謝しながら、「そう言ってもらえるなら移植したい」ということを伝え、そこから話が進んでいきました。
そして、移植に向けての検査が始まったのですね。
緑川さん:
そうですね。以前、戸田中央総合病院で移植を受けた知人からも勧められ、こちらの病院を紹介していただきました。初めての診察では、先生から移植についてとても分かりやすい説明があり、「次回は妹さんと一緒に来てください」と言われました。その後、妹と一緒にHLA検査を受けたところ、先生から、「検査結果は一卵性双生児のようです。これは移植するべきですよ。」と言われました。
先生、HLA型は、兄弟姉妹間では4分の1の確率で完全一致するのですよね。
松田先生:
そうですね。加えて、緑川さんの場合は血液型も妹さんと一致していました。ですから安全に移植ができる組み合わせということで、先生も「移植すべきだ」とおっしゃったのだと思います。
検査の後、すぐに移植に向けて準備を進めていかれたのですか。
緑川さん:
HLA検査を受けた翌年の2007年には移植の話が具体的になりましたが、同年の11月に乳がんの検診を受けたところ、がんが見つかりました。そのため、2008年の2月頃に右乳房全摘術を受けました。手術後、乳腺外科の先生からは、「最低でも2年間は、移植はできません」と言われたため、その後は年に2回ほど受診し、経過観察を続けました。
特に問題が無く1年が経過したころ、今度は妹に乳がんが見つかりました。妹は乳がんの部分切除術を受けた後、ドナーになれるかを聞いたそうなのですが、先生からは、「お姉さんのことを心配するよりも、自分の体の方を大切にしなさい」と言われたそうです。その後2年が経過したころ乳腺外科の先生が代わり、「治療から2年たっていて、経過も良好であればドナーとなってもいいのではないでしょうか。お互いが移植手術をしたいと思っているのであれば、できるだけ早くした方がいいと思いますよ。」という意見をいただき、ついに2010年に移植手術を受けることになりました。
先生、レシピエントや生体腎ドナーにがんの既往歴がある場合、移植手術を行うにはどのような基準があるのでしょうか。
松田先生:
がんの既往歴がある場合、移植ができるかどうかの判断や必要とされる経過観察期間は、がんの種類や発見時のステージ(進行度)によって変わります。
乳がんは、発見時のステージによって異なりますが、5年以内の再発率が高いため、治療後2~5年は経過観察が必要だと思います。時間がたってから転移が見つかった場合には、化学療法しか治療法がありませんので、その場合に腎臓が1つですと、抗がん剤の全量投与ができなくなってしまいます。そのため、万が一ドナーの方にがんが再発した場合に、救命が難しくなるようなことにならないように、がんの既往歴がある場合は、ある程度の経過観察期間を置かなければいけません。
移植手術前には、妹さんと何か話をしましたか。
緑川さん:
私からは、「ありがとう」と伝え、妹からは、「私は簡単に退院できると思うけれど、みっちゃん(緑川さん)は大変だと思うから、頑張ってね」というような話がありました。もともとさっぱりとした姉妹関係なので、手術前の会話もあっさりとしていましたね。