腎移植は少量の免疫抑制剤の継続的服用のみで、健常者と同様な生活が送れる理想的な腎不全の治療です。腎移植を受けると透析と比べ様々な制約が軽減されます。今回はその一つであるスポーツを取り上げたいと思います。
透析中にスポーツができないというわけではありません。ただ水分管理は困難ですし、血液透析の場合、シャントからの出血があれば命に関わる大出血につながります。透析を受けながら激しいスポーツを行うのは困難です。
腎移植を受けてプロスポーツの選手として活躍した、また活躍中の選手を紹介するシリーズ、第4回目の今回は、史上最年少(19歳)でラグビーニュージーランド代表(オールブラックス)に選出された、伝説の選手、ジョナ・ロムー選手です。

4.ジョナ・ロムー

ジョナ・ロムーは1994年に史上最年少(19歳)でラグビーニュージーランド代表(オールブラックス)に選出された伝説の選手です。196cm、119kgの巨体に加え、俊足を活かし主にウィングとして活躍しました。
1995年のラグビーワールドカップでは7トライをあげ、トライ王に輝きました。その後1999年に開催されたラグビーワールドカップに出場し8トライをあげ、再びトライ王に輝きました。2001年に開催された第3回ラグビーワールドカップセブンズでは、ニュージーランドを優勝に導いています。


健康面では1995年にネフローゼ症候群と診断され、2003年には人工透析となり現役引退。透析による神経障害が悪化し歩くことも困難となり、腎移植以外に回復の方法はないと言われ、2004年に生体腎移植を受けました。
リハビリを経て、なんと2005年にプロラグビーに復帰。2007年開催のラグビーワールドカップへの出場意欲を見せていましたが叶わず、2007年に現役引退。同年それまでの功績を讃えられ、ラグビーの殿堂入りを果たしています。
引退後はラグビーのチャリティーマッチに参加、またボディビルとボクシングの練習に励みました。2009年にアマチュア・ボディビル大会に出場し2位となっています。
2012年2月、移植腎が廃絶し、透析に戻りました。その後も病と闘いながら、ラグビー大使として世界中を飛び回り、学校や病院に訪問しチャリティーワークを行うなど、精力的に活動していましたが、残念ながら2015年11月18日、40歳という若さでなくなりました。原因はイギリスワールドカップ観戦からの長時間のフライトによるエコノミークラス症候群(肺梗塞)と言われています。
一度は代表を外れたものの、移植手術を受けて再起を目指し、現役復帰した彼の人生は、チャレンジに溢れ、亡くなった後も、多くの人に勇気と感動を与え続けています。

*ラグビーファンから教えていただいたジョナ・ロムー選手のお葬式の映像です。
彼がいかにラグビー界から愛されていたかが分かる、またラグビーファン以外でも涙を誘う感動的な映像です。



動画には音声が含まれています。再生の際にはご注意ください。

一般的に腎移植後は、接触プレーが多く、下腹部にある移植された腎臓への影響(外傷など)が懸念されるスポーツは勧められませんが、これまでにご紹介したプロスポーツ選手のように、プロテクターをしたり、患者さんご自身がリスクを受け入れて行っている方もいらっしゃいます。移植後にそのようなスポーツを行いたい場合は、必ず主治医に相談してください。




【患者様のご紹介・お問い合わせ】
荒木元朗 (腎移植チーフ)
山下里美 (腎移植コーディネーター)
有森千聖 (腎移植コーディネーター)

お問合わせ: 岡山大学病院 移植コーディネーター室
 Tel: (086)235-6965
 Fax: (086)235-7631

地域連携(Tel 086-223-7151, Fax 086-235-7744)で腎移植紹介と言っていただいても、金曜日の荒木医師の予約となります。
また直接、荒木医師に連絡を取りたい方は下記にお願い致します。
泌尿器科医局(直通):086-235-7287(FAX 086-231-3986)


◎腎移植について詳しく話を聞きたい方へ
岡山大学病院看護部では4名の移植コーディネーターを配置しております。
移植コーディネーターとは、移植を受けられる患者さまと移植チームの橋渡しをする、移植医療の調整役です。腎移植に関する素朴な疑問や質問など、お気軽にお問い合わせください。いきなり医師に話を聞くのは気が引けるといった方の相談にも応じています。

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