名古屋第二赤十字病院 移植者インタビュー第7回目は、約3年前に妹さんがドナーとなり、生体腎移植を受けられた、杉山信子さんです。
杉山さんの息子さんが、ご主人がドナーとなり生体腎移植手術を受けるまでのお話や、その後杉山さんご自身が生体腎移植手術を受けるまでのお話、そして移植手術後、お仕事やボランティア活動、旅行など、様々な事にチャレンジしていらっしゃる現在の様子をお聞きする事が出来ました。
杉山さんが移植を受けるまでの経緯
- 1960年頃 風邪をきっかけに慢性腎炎となる
- 1997年頃 保存療法開始
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2007年 腹膜透析導入
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2009年4月 生体腎移植手術
腎不全の病状が出始める前の生活を教えてください。
杉山さん:
元気で活発な子供でした。5歳の頃、風邪を引いたことをきっかけに、腎臓が悪い事が分かりましたが、当時は腎臓の専門医にはかからず、近所の開業医に通院していました。
腎臓の専門医にかかったのはいつからですか?
杉山さん:
1997年に増子記念病院に通院するようになってからです。
打田先生:
杉山さんは増子記念病院に通院するようになってから、約10年間保存療法を頑張り、その後CAPDを開始しましたね。保存療法の時にはどの様な治療を受けていましたか?
杉山さん:
正直に言いますと、私は模範となる患者ではありませんでした。風邪を引いて顔が浮腫んだり、血尿が出るなど、体調が悪くなった時にしか病院に行きませんでした。その様な症状も2,3ヶ月通院し、薬を服用すると一旦落ち着きましたので、症状が落ち着くとその後は通院しませんでした。体がしんどいと感じる事もあまりなく、ほとんど自覚症状が無かった為、定期的な通院をしていませんでした。
打田先生:
どの様な病気の場合にも言える事ですが、患者さんがご自身で病気が治ったと自己判断をしてしまい、定期的に通院しなくなる事が一番問題ですね。
杉山さんは、息子さんが、ご自身より前に生体腎移植手術を受けられたとの事ですが、息子さんが移植に至った経緯を少しお聞かせください。
杉山さん:
息子は中学校の時にタンパク尿が出ると言われて、大学病院で腎生検を受けたのですが、薬を処方して頂いただけで、その後は特に定期的な通院をしていませんでした。
打田先生:
腎生検を行う程ですので、恐らく検査を行った医師は、杉山さんや息子さんには定期的に病院に来ていただくように話をしていたと思います。しかし、息子さんがその後定期的な通院をしなかったのは、杉山さんと病院の医師側との病状の認識に大きな差があったのだと思われます。
自覚症状の少ない病気で通院が必要な場合、医師は病態に応じて「次は○週間後、又は○ヶ月後に来てくださいね」と患者さんに具体的に伝えていると思います。しかし、自覚症状のない患者さんには、「定期的に病院に来て頂き、体の状態を診ていく事が非常に重要だ」という事を強調して伝えないと、患者さんは自覚症状がないため自分に都合よく捉え、もう病気は治ったと病院に通わなくなるケースが出てきます。
移植後の定期通院の場合も、慢性腎不全の代償期(症状のない時期)とよく似ています。移植患者さんのほとんどは、何の症状もなくても、ほぼ1カ月ごとの通院が求められます。この何事もなくても定期的に診察を受けることが、移植腎や身体の異常を無症状のうちに発見するために重要となります。移植後の安定した状態は、患者さんの定期診察と免疫抑制剤の良好なコントロールの上でだけ成立している人工的な均衡状態なのです。患者さんが、自覚症状が無いからといって自己判断で定期的に通院をサボったり、薬の服用を疎かにすると、簡単にその均衡は崩れてしまいます。
最近の私たちの病院での移植腎の平均生着年数は20年です。移植後5年や10年では何事も起こらないのが普通です。しかし、移植腎を20年以上持たせるには、きちんと自己管理を行い、定期的に通院する努力が不可欠となります。このように移植後の患者さんの薬の内服や日常生活の管理が確実に行われるように手伝いするために、「レシピエントコーディネーター」といわれる移植患者さん専門の看護師さんが、移植医とは違った視点からお世話をする仕組みがつくられています。
その後、息子さんはいつ移植手術を受けることになったのでしょうか?
杉山さん:
その後息子の腎臓病は悪化し、血液透析を受けることになり、大学を卒業してから移植手術を受ける事を決め、2004年の2月に主人がドナーとなって生体腎移植を受けました。打田先生が息子の透析の主治医であり、移植手術も担当して頂きました。