18年目の決断
最終的に「よし、移植をしよう」と思ったのはどのようなことがあったのでしょうか。
田中さん:
松本先生に、2~3時間に渡っていろいろなお話をさせて頂いたことや、移植コーディネーターさん、内科担当の先生方の応援で、ようやく気持ちが移植に向き、最終的に移植をすることを決意しました。それまでは、移植の検査入院をしているものの、検査が長引いて、大丈夫なのかと心が揺れていたのですが、先生方とお話しして、「もうやるしかない」と決断できました。
移植手術を受けるに際し、ご主人とはどの様なお話をされましたか。
田中さん:
主人の大腸癌も治療してから5年以上経っているし、「2人とも、もう老後なのだから手術をしても良いだろう」という話をしました。主人も定年を迎えていたので、腎臓を1つ取ってもいいだろう、もうそこまで気にすることはないだろう、という意味です。
主人は、「2人の老後だから、1人の老後はありえない」とも言っていましたね。
ご主人(ドナー):
妻に先立たれた夫は早死にが多いというデータもあるようですが、この年でもし1人になったら、私も本当に早死にしてしまうかもしれませんので(笑)。
移植手術が決まってから、実際の手術までの期間はどの位でしたか。またその期間の生活で特に気をつけていた事があれば教えてください。
田中さん:
当初、移植手術は3ヶ月後の予定でしたが、シャントのことがあったので早めて頂き、2人の検査が終わってから1ヶ月後に手術になりました。とにかく、風邪を引かないよう、体調を崩さないよう、手洗い、うがいをしっかりと行い、食事もきちんと摂りました。
松本先生、レシピエントは手術の何日前から入院されるのですか。
松本先生:
血液型が適合していれば10日前です。 不適合だと15日前です。術後の入院は、通常1ヶ月前後です。
手術を終えて
移植手術を終えた時の心境を教えてください。
田中さん:
「顔色がいいぞ!」という兄の声が聞こえ、とても嬉しかったのを覚えています。それと、本当に手術をしたのかしら、と夢を見ているような心地でした。麻酔が切れるまでは、痛くも痒くもありませんでした。
ご主人は手術が終わられた時のことを覚えていますか。
ご主人(ドナー):
痛みしか覚えていません。痛いしきついし大変でした。一度、大腸癌の手術をしており、手術には慣れているつもりでしたが、痛みはだめですね(苦笑)。退院する少し前まで、1週間ぐらいは痛かったです。
ドナーの入院は通常1週間位でしょうか。
松本先生:
そうです。通常は、術後3~4日すると痛みも取れてきますね。
術後の経過はどうでしたか。
田中さん:
術後は大変順調で、問題もなく退院しました。退院後3ヶ月たった5月に右腕のシャントを閉じる手術を受けるために1日入院したのですが、その4日後に、何故か舌に潰瘍が出来て食事が摂れなくなり、1週間程入院したことはありましたが、以後は順調です。
舌に潰瘍ができたというのは、免疫抑制剤の影響でしょうか。
松本先生:
舌というか、口の中ですね。何かのウイルス性のものだと思います。この様なことは時々あります。
移植後、ご主人に対しては何か特別にイベント等は行っていますか。
田中さん:
特別なイベントはしていません。ただ主人には今まで心配ばかりかけ、我慢してもらった事も多かったので、一緒にいろいろと出来なかった事をしていきたいと思っています。透析をしていた頃には、よく一緒に旅行に行っていたので、移植後1年経ったので、また行きたいですね。
“共に暮らす”ために
移植をしてから一番良かった事、嬉しかった事はどのようなことですか。
田中さん:
良かった事、嬉しかった事は、たくさんありすぎて困ります(笑)。
まずは、体調です。劇的に変わりました。身体が軽く、体温が高くなり、血流が良くなって、手の冷え、足の冷え、身体の冷えが無くなりました。それまでは、二重ソックス、湯たんぽ、カイロは手足に何枚も貼り、電気毛布も使っていました。
足の浮腫みや足がつることも一切無くなりました。真っ白だった爪はピンク色になり、青黒かった顔は“おてもやん”と言われるほど赤くなりました(笑)。唾液が少なくてガムを噛んでいた口の中は、捨てるほどに唾液が増えました。
汗をかかなかった身体は、びっくりするほど汗が出るようになり、入浴後、ローションをかかせなかった肌は、しっとりしてローションの必要がなくなりました。
また、一日おきに来る、注射針の痛みに耐える必要が無くなったことも、大きな喜びです。
松本先生、「唾液が増えた」とありますが、こういうことはよくあるのですか。
松本先生:
あると思います。また、汗をよくかくようになった、とおっしゃる患者さんは結構いらっしゃいます。循環がよくなるためだと思います。
移植前は、「絶対にもらいたくない、献腎移植も嫌だ」とお考えだったと思うのですが、実際に移植を受けられた今はどうですか。
田中さん:
今は、移植を人に勧めたいぐらいです。素晴らしいと思いました。やはり、“共に生きていくために”という部分では、(腎臓を)もらうのもありなのかなと、今は思います。“共に暮らす”ということです。
ご主人もそう思われますか。
ご主人(ドナー):
思います。まったく同感です。今思えば、本当はもう10年早く移植をすれば良かったと思いますね。