移植手術に向けて

その日はすごい一日でしたね。朝は透析導入の話だったものが、夜には腎移植に変わったということですものね。

桜井さん

桜井さん
はい。そして、丸井先生と話をしたあと、そのまま虎の門病院分院に入院しました。そこから移植手術が終わるまで、一度も退院しませんでした。

なぜ、移植手術までそのまま入院されていたのですか。

桜井さん
その時には、既に、クレアチニンの値が10いくつまで上がっていて、もう身体的にあまり動けない状態になっていたのです。クレアチニンの値は手術前には20いくつまで上がっていました。
入院してしばらくは病院の中で普通の生活をしていましたが、徐々に状態が悪くなってきてからは、首からの透析をしながら入院生活を送っていました。

桜井さんは、結果として虎の門病院分院に行かれたので、透析導入をせずに腎移植をするという選択肢になったわけですが、もし、シャント手術のために、虎の門病院分院ではなく、別の病院に行っていたとしたら、そのまま透析導入となっていたかもしれないですよね。

丸井先生
そうかもしれないですね。ただ、私自身は、仮にいったん透析になったとしても、やはり体調が必ず良くなるので、それを実感するのは良いことだと思っています。透析に対するアレルギーがあまりにも強い人が腎移植を受けると、「透析が嫌だ」ということがすべての原動力になってしまうので、例えば、移植をした後に何かのトラブルがあった場合や、それからずっと先に、徐々に腎機能が落ち、透析に移行しなければいけない時期に、すごく落胆してしまうことがあるのです。
透析をして調子が良くなることによって、いかに自分の腎臓が働いていないか、具合が悪いかということが分かると、透析にしても腎移植にしても、そういう腎臓の替わりをしてくれることが自分には必要で、それを大事にしなければいけないという気持ちになると思うのです。

最近は、プリエンプティブ腎移植(先行的腎移植)をされる方が増えていると思うのですが、そのような透析を経ない患者さんの中には、移植前後の体調の変化を感じない方もいらっしゃるのでしょうか。

丸井先生
体調が悪くない状態でプリエンティブ腎移植をし、移植後も移植前とあまり変わらない生活ができてしまうケースでは、「本当に自分はこの治療をしなければいけなかったのだろうか」と思ってしまうぐらい、自分の体の変化を感じにくい方もいらっしゃいます。
私は、「腎移植を受けた人に、腎移植のありがたみを強要するということは適当ではない」と考えているのですが、自分で注意をして自分の体を大事にするということをしなければ、やはりどこかでつまずいたり、大事なことを見逃したりしてしまうので、それは避けてほしいと思うのです。

頂いた腎臓を長持ちさせるためにも、自己管理をきちんと行い、移植腎を大切にしてほしいということですね。

丸井先生
そうですね。腎臓移植を受けた人には、「腎臓を大事にする」という、そういう気持ちを多かれ少なかれ、心のどこかに持っていてほしいと思います。
また、過去には、「腎移植をする人は、透析をしてからでないと駄目だ」という人がいましたけれど、「透析期間がない人の方が、ある人よりも移植腎の生着率がいい」とか、「末期腎不全の期間が短い方が、移植後の生存期間が長く合併症が少ない」というようなことを考えても、それぞれの患者さんにとって適切な時期に腎代替療法を始めることが大切だと思い ます。

一家の主

一晩にして、透析から移植に話が変わったわけですが、ドナーはどのようにして決まったのでしょうか。

お父様と一緒に

桜井さん
兄が最初に、「提供する」と言ってくれていたのですが、「お前はまだ若いんだから」と父が言ってくれて、父に決まりました。

お母様は何とおっしゃっていたのですか。

桜井さん
母も提供してくれると言っていたのですが、父の決意は「一家の主だから」ということで揺るぎませんでした。そういうときは頑固なのです(笑)。ドナーの検査も父しかしていません。

お父様は、「俺がやるんだ」と、もう決めていらっしゃったのですね。その後、お父様とじっくりお話はされましたか。

桜井さん
恥ずかしくて、あまりできていません(苦笑)。

入院してから手術の直前までも、お父様とは特に話はされなかったのですか。

桜井さん
はい、同じ階に入院していたので、一緒に過ごしてはいましたが、特に話はしませんでした。

男同士という感じですね(笑)。

桜井さん
でも心残りがすごくありますね。手術が終わってすぐの時も、御礼も何も言えなかったですし、去年は、気付いたら移植日が過ぎていました。面と向かって言うのは少し恥ずかしいので、今度電話で伝えようと思います。