<執筆者> 静岡県立総合病院  腎臓内科  松尾研先生

心得

まず献腎移植を希望していることを、広く身内の方に知らせておいてください。身内の方で、移植というものが何なのか? どういう方が腎臓を提供できるのか?など気にかけてくださる方がおられましたら、ご相談ください。献腎移植希望の登録や更新の時がご相談いただく良いタイミングだと思います。当院では予約制で移植医とコーディネーターが対応しています。

⇒心得1 移植の登録・更新は皆と相談。

2015年に当院で献腎移植を希望されている待機患者さん146名に、46項目に及ぶ質問を行い、130名の方から回答をいただきました。その集計をもとに待機患者さんの傾向と対策をお話しします。

安全な移植のために重要な項目が3つあります。【1】免疫 【2】血管 【3】検診・予防接種です。【3】は健常人にも勧められている定期がん検診と定期健康診断なので、腎不全の方の場合、なおいっそう大事だと考えてください。

【1】免疫

1.抗HLA抗体

抗HLA抗体とは移植する腎臓を攻撃(拒絶)するもので、移植前に抗HLA抗体があると移植後、拒絶反応を起こします。抗HLA抗体は輸血や妊娠・出産など、他人の血液に触れることで作られてしまいます。当院での献腎移植待機者は1年間で3%の方が輸血をされておりました。そのため輸血、妊娠・出産をされた方は登録更新時に移植医に報告してください。
静岡県では献腎移植希望の新規登録時に全員、抗HLA抗体があるかどうかを検査しており、抗HLA抗体がある患者さんに、さらに詳しい検査をお勧めしています。

⇒心得2 輸血、妊娠・出産は報告。

2.原病

透析になった原因を原病と言います。原病がある種の腎炎であった場合、移植した腎臓に原病が再発する危険性があります。移植前にあらかじめ扁桃摘出や、血漿交換をすることで再発を予防できるかもしれませんので、移植医と相談してください。原病が分からない場合でも、今一度家族に似た病気の方がいないかどうか確認してください。家族のみならず、ご自身の治療につながることがあります。

⇒心得3 原病、家族歴を確認。

【2】血管

動脈硬化で狭くなった“血管”が、重大な病気の原因となります。脳の血管、心臓の血管、足の血管が狭くなって起こす病気を心血管病と言います。

1.危険因子(=リスク因子)

当院の待機者の中で心血管病(脳、心臓、足)の症状を持っている患者さんはわずか1~6%でした。心血管病は透析患者さんの死亡原因の1位であるにもかかわらず、症状はあまりにも少ないことが分かります。そのため、症状が無くとも以下のリスク因子が3つ以上ありましたら、移植医に相談してください。
※リスク因子:透析歴1年以上、60歳以上、喫煙中、糖尿病、高血圧、高コレステロール、心肥大、狭心症。

⇒心得4 心血管病(脳、心臓、足)は症状なくてもリスク数で相談。症状あればすぐ受診。

2.薬剤

心血管病に対し、血液をサラサラにする抗血小板・抗凝固剤を内服されている方は、手術の時に出血しやすいので、出血予防の輸血が必要になるかもしれません。ご自身の内服薬を把握しておいてください。

3.喫煙

喫煙は心血管病やがん、肺病の原因になります。当院の待機者の15%の方が喫煙されていましたが、全身麻酔の手術が難しくなりますし、移植した腎臓がうまく働かない可能性もあります。必ず禁煙してください。

⇒心得5 必ず禁煙。

【3】検診・予防接種

1.がん

●がんになりやすい臓器を覚えて、定期がん検診を受けましょう。
臓器数:男性は3+1+1=5臓器、女性は3+2+1=6臓器です。
息を吸うので肺がん、食事を食べるので胃がんと大腸がん、これで計3つです。そこに生殖系のがんである、男性では前立腺がんが+1、女性では乳がんと子宮頸がんが+2となります。ここまでは一般の方と同じです。透析患者さんはさらに腎不全がありますので、腎がんに注意が必要です。よって男性は3+1+1=5臓器、女性は3+2+1=6臓器の検診が大事です。基本的には毎年行ってください。
●なぜ検診が必要なのでしょうか?
腎不全では多くの癌の発症率が上がり、腎移植後にはさらに発症率が上がると言われています。そのため移植のチャンスが訪れるその前に、がんの芽を摘んでおくのです。
●がん別の検査項目と、当院の待機者の受診率、受診して異常を指摘された方の割合を示します。

がん受診率

全体的に受診率が低いので、積極的にがん検診を受診してください。地域によっては市の指定した検査料でがん検診を受けることが可能です。歯周病検診や骨粗鬆症検診もありましたら、この2つも大事ですので是非受けてください。

⇒心得6 定期がん検診は男性3+1+1=5臓器、女性3+2+1=6臓器。歯と骨の検診も大事。

2.代謝・内分泌

1)体重・健康管理
定期健康診断を利用してください。当院の待機者の中には体重(kg)を身長(m)で2回割った値であるBMIが30以上ある肥満の方が8%おられました。このような方は手術が難しく、移植した腎臓の働きが悪くなるかもしれません。日頃から減量に努めてください。
2)運動
当院の待機者の4%の方が透析のない日に12時間以上横になられていました。このような方は生活環境において身体的ばかりでなく、精神的にも弱くなっていくかもしれません。腎移植を目標に適度な運動を行い、身体的・精神的に健康な状態を維持しましょう。

⇒心得7 定期健康診断と適度な運動。

3) 糖尿病
当院の待機者のうち22%が糖尿病です。現在の血糖管理が適切か、糖尿病の合併症は管理されているか、移植医との相談が必要です。
4) 二次性副甲状腺機能亢進症(※)
当院の待機者のうち18%の方がシナカルセト(商品名 レグパラ)を50 mg以上内服されていました。また6%の方が副甲状腺ホルモン500 pg/ml以上でした。このような方は移植後の高カルシウム血症や腎、血管、骨への影響が心配されます。あらかじめ副甲状腺を摘出しておくかどうか移植医と相談してください。
※二次性副甲状腺機能亢進症:副甲状腺自体に原因があるのではなく、慢性腎不全などの副甲状腺以外の病気が原因で、副甲状腺ホルモンが過剰に分泌され、血液中のカルシウム濃度が必要以上に高くなる病気。血液中のカルシウム濃度が高くなると、体のさまざまな場所にカルシウムが沈着し、動脈硬化や心血管疾患、関節炎などを引き起こす。

3. 感染症

ワクチン(予防接種)で予防できる感染症があります。帯状疱疹、風疹、はしか、おたふく、B型肝炎、子宮頸癌ウイルス、肺炎球菌などです。

●なぜワクチンが必要か?
腎不全の患者さんは免疫力が落ちており、感染しやすく、感染症は透析患者さんの死亡原因の第2位になっています。
腎移植後特に3カ月は免疫抑制薬の服用量も多いため、感染症にかかりやすい時期です。移植後4カ月以降になると免疫抑制薬の服用量も徐々に減少し、6カ月以降は免疫力も回復してきますが、引き続き感染症には注意が必要です。実際に、感染症は献腎移植後死亡原因の第1位になっています。また、ワクチンの中でも生ワクチンは移植後には打てません。以上より、早い時期から積極的にワクチンを接種することが大切です。
当院の待機者の19%の方が肺炎球菌のワクチンを接種されていました。透析患者さんは肺炎にかかり易いので、65歳未満の方も積極的にワクチン接種をしましょう。
ワクチン接種は保険がきかず自費となりますが、車のシートベルトを設置するようなものだと考えてください。滅多にない交通事故に備えて出費し、乗車のたびに体を締め付けるベルトですが、安全のためには必須のものです。ワクチン接種もお金がかかり、接種自体煩わしいものですが、安全のためには必須なのです。

⇒心得8 透析中も移植後も感染しやすい。ワクチンで予防。