運命の瞬間
移植手術の連絡を受けた時はどのようなお気持ちでしたか。
加藤さん:
連絡をいただいたのは、家族で乗鞍に向かって高速道路を走っていた時でした。連絡の電話に対し、「はい、分かりました、受けます」と即答しました。「では今すぐ病院に来てください」と言われ、来た道を引き返しました。主人も息子も、「おめでとう」と言ってくれたのですが、「どうしよう、怖い」という気持ちになりました。「受ける」とは決めていたものの、しばらくはパニック状態でした。しかし、術前検査や処置がどんどん行われて、慌ただしく時間が過ぎていき、どうにも腹をくくるしかない状況になっていきました。
畔柳さんは、シミュレーション通りに即答されたのですか。
畔柳さん:
シミュレーションをしていたので即答できたというのもありますし、数カ月前に立て続けに2回電話をいただいていたので、心の準備ができていました。そのため迷わず、「受けます」と答えましたが、電話を切った後、かなり緊張しました。深夜1時半ごろで家族も寝ていたため、誰にも話せず結構不安でした。本当に手術を受けるのか現実感があまりなく、とりあえず何をしたらいいか分からなかったので、いつも見ていた移植のビデオを観て、気持ちを固めました。
その後病院に着いてからは慌ただしく検査や透析をしました。事前のイメージトレーニングでは、手術室に向かうときには、涙ながらに家族と別れるのかと思っていたのですが、普通に自分で手術室に歩いて行ったので、その点は、「想像していたのと全然違うな」と思いましたね(笑)。
加藤さん:
私も手術室へはストレッチャーで運ばれるのかと思っていたのですが、「行ってきます」と言って自分で歩いて行きましたね(笑)。
移植手術を終えた時はいかがでしたか。
加藤さん:
手術直後は結構きつかったですね。
畔柳さん:
私も、今までの病気生活の中で一番きつかったです。麻酔から覚めたのが手術の2日後くらいでした。傷口の痛みではなく、体がしんどくて目が覚めました。
膵腎同時移植は腎移植単独の場合と比べて術後の痛みも強いのでしょうか。
渡井先生:
腎移植単独の場合と比べると、かなりきついでしょうね。侵襲度が全然違います。膵臓と腎臓がお腹に入るわけですから、体に対する負担は、腎移植のみの場合の3~4倍くらいのレベルだと思います。
元気を取り戻して
手術後の経過は順調でしたか。
渡井先生:
加藤さんは一度出血があって、5日目に再手術を行いましたが、その後は順調でしたね。
加藤さん:
そうですね。ICUを出てからは、みるみる元気になりました。おしっこが出始めてからは、日一日と元気になっていくのが分かりました。
膵腎同時移植の場合、ICUにはどのくらいの期間入るのでしょうか。
鳴海先生:
最近は3日か4日くらいですね。
畔柳さんの術後の経過はどうでしたか。
畔柳さん:
私は退院3週間後に腸閉塞で4~5日入院しました。退院3カ月後にはサイトメガロウイルスに感染してしまいました。少し微熱があって、「調子が悪いな」と思っていたのですが、その2日後ぐらいに、「これは絶対おかしい」と思って病院に行ったら、サイトメガロウイルスに感染していたのです。
サイトメガロウイルス感染の場合は、入院するのでしょうか。
鳴海先生:
軽い人は飲み薬で治療しますが、そうでない場合は入院です。
それ以降、体調はいかがですか。
畔柳さん:
順調です。とても元気になり体重も増えました。
移植をしてから一番良かったこと、嬉しかったことはどのようなことですか。
加藤さん:
一番良かったことは、合併症の不安がなくなったことですね。改善したものもあります。
合併症は、移植すると治るものもあるのでしょうか。
渡井先生:
目に関しては病状の進行が止まるという感じですね。神経障害に関しては回復に時間がかかるので、加藤さんも現在、年1回ほど神経内科で神経の回復について検査・診察を受けてもらっています。皆さん完全には治りませんが、年単位で少しずつ良くなっています。
加藤さんは今こうやってお話をしていると笑顔が絶えない明るい印象ですが、移植前はどうでしたか。
加藤さん:
未来に希望が持てなくて、一つ一つ諦めながら、これが私の運命だと自分を納得させていました。泣いたりもしましたね。今のように明るくはなかったと思います。移植後は合併症が改善されて、痛いことや苦しいことが無くなり、本当に良かったです。
それと、使える時間が増えたことと、家族との時間が増えたこともうれしかったですね。また、透析をしていたころは、主人が仕事の時は、小学生だった息子を家に置いて行くことができなかったので、お弁当を作って息子を一緒に病院へ連れて行き、そこで宿題をやらせていました。息子は宿題が終わった後は待合室でテレビを見たり漫画を読んだりして、私の透析が終わるのを待っていました。今はそのように家族に負担をかけるようなことも無くなったので良かったです。
畔柳さんは、移植後一番うれしかったことはどのようなことですか。
畔柳さん:
低血糖でつらい思いをしていたのが、心配しなくて良くなったことですね。透析から解放されて、自分の時間ができたことも、やはり大きな喜びです。あとは、多くの移植者の仲間と出会えたことです。
頂いた膵臓、腎臓のために
移植後の日常生活では、移植膵腎のために特にどのようなことに気を付けて生活をしていますか。
加藤さん:
感染予防のための手洗い、うがい、マスクなどを徹底するよう心掛けています。あとは、水分をとることと、食べすぎない、無理をしないことです。
畔柳さん:
私も感染症予防のためのうがい、手洗いなどには特に気を付けていますね。体重の増加にも気を付けているのですが、太ってしまいましたので痩せないといけないと思っています。
日常の服薬や、血圧、体重などの記録はどのような方法で行っていますか。
加藤さん:
薬は薬入れを作って、分類して飲み忘れを防いでいます。体重、血圧は決まった時間に測っていますね。
畔柳さん:
服薬については、夜、翌日の薬を飲む時間ごとに準備しておきます。血圧、体重については、毎日測ったら表に記入しています。
先生、こちらの病院では家庭での血圧や体重についても管理をされているのですか。
渡井先生:
患者さんの毎日のデータに関しては、問題のある方については外来受診の際に医師と移植コーディネーターなどがチェックしています。
鳴海先生:
診察時のデータは、大きなチャートを作っていて、体重や血圧などの数値を診察のたびに書き入れています。それを見れば、何が起きているのか誰にでも分かるようにしています。